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いったい何日経ったのかがわからない。
そもそもこの空間に時間という概念があるのかも怪しい。

「手首に跡ができそうだな」

左手を僅かに動かすと繋がれている鎖が鳴った。
最初は行為のあとに整えられていた服も今ではシャツもはだけたまま、ズボンのベルトもはずされたまま。
これではまるで玩具だ。

「そういえば何も食べてないのに何ともないな」

それもそうかと笑ってしまう。

「起きたのね」
「起きたら一人だったから寂しかったぜ?」

いつのまにかベッドの脇にベルンが佇んでいた。
目を覚ますとベルンは必ずいない。
まるで探させるのが目的のようにいなくなっている。
そしてしばらくするとこうして突然姿を現す。

「そろそろ飽きただろ」
「飽きさせてくれるのかしら」

くすくすと笑いながら髪に触れてくる。
まだ遊びたりないというような笑み。まだ遊ぶという指で動き。

「これさえ解いてくれたらもっと楽しませてやれるんだけどな」
「解いてほしいの?」
「当たり前だ」
「ずっとここにいればもう何もしなくていいのよ」

ベルンは自分から要求はしてこない。隠すように俺に要求させる。
ベルンがベッドに腰をかけるとベッドが微かに軋んだ。

「俺にいてほしいならそう言えばいいじゃねぇか」
「貴方がここにいたいのよ」

そんなわけがないと言いたいのに何度となく触れられた指が、全てを知り尽くすように頬を辿り胸をなぞっていく。
その感覚に逆らう事ができずに言葉が出なかった。

「この空間に溺れてしまえばいいわ」
「溺れ、る……」

その言葉に魅惑的なものを感じて揺れる。
一瞬ベルンの表情に楽しさとは違うものを感じた。すると指も言葉ももう先程とは違うものに感じてしまう。

「俺は戻る。絶対にだ」
「……そう」

指が離れ、ベルンはベッドから離れた。
立ち上がったと同時に繋いでいた枷と鎖が消えて両手が自由になる。

「真実に近づけば忘れるわ。貴方の辿りつく真実に私はいらないから」
「何だよそれ」

身体を起こすと久しぶりに起こしたせいか違和感を感じた。
ベルンの表情はこちらに背を向けているせいでわからない。
でも魅惑的な言葉も指もこの空間も今は溺れている者のものとしか感じられなかった。

「また会えるといいわね。会えたとしても私は貴方にとって魔女でしかないけど」
「……溺れたのはお前だろ」
「違うわ」

この少女の容姿をした魔女について知っている事なんてないに等しい。
それでも一緒にいた時間はあったんだ。
だから伸ばされたのなら掴みたい。
溺れているのならそこから抜け出させたい。

「もうそんな感覚なんてないんだから。ただ退屈を紛らわせるだけ」
「結局魔女なんて何もできないんじゃねぇか」
「そうね。だから貴方がいるのよ。何もできない魔女に屈しないために」

ベッドから足を下ろして立ち上がると少しよろけた。
俺が近づくとわかっていてもベルンは動かない。
すぐにベルンのそばに近づくが触れる事はしなかった。

「駒は用意してあるわ。貴方が真実に辿りつけるかはちゃんと見ててあげる」
「辿りつけなかった時は?」

ベルンは振り返ると微かに微笑んだ気がした。
もう消える寸前で姿は薄れてしまっていたけど。
その笑みがどんな答えを含んでいたかはわからない。
でもそんな事は許さないだろう。そんな結果面白みのかけらもないに違いない。

「名前ぐらい呼べよ」

そう呟いてももう魔女には聞こえない。

溺れた魔女を助けるには一つの奇跡を。



H21.10.19

溺れた魔女を助けるには一つの奇跡を
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