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自身の生い立ちがわからなくなっただけでこんなにも脆い。
「逃げる場所なんてないのに」
愚かな事がこんなにもおかしい。
おかしくて私は彼の後ろ姿を見つけると口を歪めて笑っていた。
「途中で逃げ出すの」
雨の庭園で彼は一人佇んでいた。
もう結界を形勢する心も崩れ、ただ立ちつくしているだけ。
これも予想された事。
だから私は駒を用意した。
「その駒でもそのままならもう朽ちてしまいなさい」
彼の横に立ち、見上げると雨を落とす空を見上げていた。
虚ろな瞳はまばたきをする事もなくただ空を見ていた。
「この盤上に星なんてないわ」
私はそれだけ呟くと彼を再びあの部屋へと連れて行った。
「何を見ているの」
「近寄るな」
よくよくこの男は庭園が好きなんだと思う。
無意識に逃げる場所を求めているのだろうか。
「散歩をしているだけよ。それとも私が闇討ちでもすると思ってるの?自意識過剰ね」
後ろにいる私に顔だけ向ける。
あの時と立っている位置は同じなのに、彼は違う。
真実を知ってゲームマスターとなった。
私の予想以上となった。
でも、まだ。
「相手は魔女だからな。気は抜けねぇだろ」
そう言いながら彼は顔を私から背けた。
雨は降らせていない曇った空。またそんな空を見上げている。
「星なんてないわよ」
「あるだろ、雲の先に」
盤上の空にあるわけがない。魔女の庭園ならば用意しているかもしれない。でもここは見えないものは必要ない。
だから表面の内側など用意しなくていい。
「見えないんだから証明できないだろ」
また理屈のような言い分。
でも確かにそうなのかもしれない。見えないものを証明する事はできない。
そこに何かが隠されてる事など隠した本人も忘れ去ったかもしれないのだから。
あの時の彼も絶望して、見上げる事しかできなかったわけではなくわからない何かを見つけたかったのだろうか。
背を向ける彼を見ながら、また閉じ込めてしまうのもいいかもしれないという気まぐれが思い浮かぶ。
「じゃあな」
彼は一言告げると庭園から去った。
告げずに消える事もできるのにおかしな男。でもそれが彼らしい。
彼は見つけた時に彼でいられるのだろうか。
「真実に向かうだけね。あの子のように出口を見つけられるといいけど」
それが本心かは私自身わからない。
私は退屈を紛らわせる魔女だから。奇跡の魔女なんてもう飾り。
もう私の舞台は終わってしまった。舞台を終えた魔女はどこにいくのだろう。
「貴方は何処に行くのかしらね、戦人」
私は戦人が見上げていた空を同じように仰ぎ見た。
H22.2.17
彼は見つけた時に彼でいられるのだろうか
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