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「何か異様に暑くねぇか?」
「さあ?」
テーブルを挟んで座っているベルンが涼しい顔をして紅茶を啜る。
確実に何かしてるのがばればれだった。隠してるつもりもないだろう。
「男のストリップショーが見たいならいいがさすがに暑すぎるだろ」
「何の事かわからないわ」
くすくすと笑って言うんだったら笑うだけにしとけといいたい。
ネクタイを緩めてシャツのボタンをいくつか外す。
全く部屋の中なのにこれではまるで夏だ。
「暑い中で熱い茶なんて我慢大会だな。優勝したら何かくれるのかよ?」
「優勝したら何かあるかもしれないわね」
「は?」
優勝も何もここには俺とベルンしかいない。そのベルンは全く暑がっておらず、紅茶を啜っている。
楽しそうに、美味しそうに。
「俺はお前の茶菓子じゃねぇ」
「美味しいなら食べてあげるわ」
「むしろ俺が食べてやりてぇぜ」
心なしか暑さが増している気がした。
上着も着ているのは限界かと脱ごうとする。
「うわっち!」
上着のボタンに掛けた手がテーブルに当たり揺らした。
予想した衝撃以上の衝撃があったようでテーブルの上のカップが倒れ、中身が足に滴り落ちた。
「暑い中で暑いお茶がかかるなんて芸がないわ」
「好きでやってるわけがねぇだろ!」
慌てて立ち上がるが冷やす物もなければ脱ぐ事もできない。
脱いでどうなるわけでもないがそれでなくても暑いのに熱い茶なんてかかったら脱ぎたくなってしまう。
「……くっ」
ベルトに手をかけるがさすがに躊躇する。
何故こんな暑くする必要がある。もはや茶を零した事は偶然ではなくベルンが仕掛けた事なんではないかと疑いたくなる。
「脱ぐか迷うなんて貴方にも羞恥心があったのね」
「羞恥心しかそういう問題じゃねぇ!ここで脱いだら負けだろ……」
「そういえば暑くして上着を脱がせる話があったわね」
ベルンはやはり楽しそうに静観し続ける。
この暑さがただの嫌がらせでないのならもしかしたら脱がせる事が目的ではないかと考えた。
ベルンはそれを見抜いた上なのかあえてそれを口にする。
茶がかかった部分は熱を持ったまま痛みを感じさせる。早く冷やしたいがどうしたら冷やせる?
「何故か床が水浸しね」
「水!?」
水という言葉に瞬時に床に目を向けた。
俺の足元は何も変わらない床。だがベルンの足元にだけが水浸しになっていた。
明らかに罠とわかりきっている。しかもその水が温い可能性もある。それに床にある以上……。
「火傷した腿を冷やすには這いつくばらないと駄目ね」
どちらにしても這いつくばるか悩む姿すらベルンは楽しんでいる。
なら足元にある水の確認だけでもするしかない。
「決断が早かったわね」
少しつまらなさそうに言うが関係ない。予想してなかった事すら楽しむだろう。
上着を脱ぎ、ベルンの足元に膝をついた。
「っ……なっ!?」
背中に強い衝撃を受けて前へ倒れこみそうになる。
確認せずともそれがベルンの足が背中に乗せられたのだとわかった。
「俺は足置きじゃねぇよ」
「無駄に大きいから足置きには的してないわね。冷やすには床に這いつくばらなきゃいけないからそうしたらちょうどよくなるわ」
早くと急かすように軽く足踏みされる。
床に撒かれた水は冷たかった。暑い部屋でこれだけの冷たさを保っていられるのも謎だが気にしたらキリがない。
ベルンの足の重み自体はさほどではないがこの状況を甘んじて受け入れるほど俺は従順ではない。
「これがやりたかっただけかよ」
「そうね。踏んだら楽しそうだったから」
「そうか、よっ!」
思いきり立ち上がるとベルンは予期せぬ自体に身体を支えられず椅子から後ろへ落ちた。
両足だけはかろうじて床に落ちずに椅子にかかっているがその体勢のほうが屈辱的だろう。
「これでやっと冷やせるぜ」
水に浸した上着を掲げてベルンに見せ付けてから火傷した部分にあてる。
その様子をベルンは体勢も直さずに困惑したような表情で見上げていた。なかなか見れない表情と体勢で気分はすこぶるいい。
「退屈凌ぎにはなったかよ」
「退屈はしないけど貴方のにやけた顔をこんな体勢で見るのは気分が良くないわ」
「ならいつもみたいに消えればいいだろ」
「夏は暑いものよ」
会話になっているようでなっていなかった。
夏と言われて思いついたのは自分の誕生日だった。まさかそんなわけがないと思うが笑ってしまった。
「夏なら水着でも着てきてくれよ。何なら俺が着替えさせてやろうか?」
「遠慮するわ」
祝う気はないだろう。
どういうつもりなのかもわからない。
でも屈辱的な体勢になっても消えないのは夏でそれが俺の誕生日だからだと勝手に解釈すると笑えて仕方がなかった。
「暑い時は脱げよ。夏なんだから」
「触らないで」
椅子にかけられたままの両足首を掴んだ。
患部は痛むがそれ以上の高揚感に支配されて麻痺した。
H22.7.28
患部は痛むがそれ以上の高揚感に支配されて麻痺した
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