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「俺は生まれてから嘘をついた事がない」

仁王立ちで言い切ってみるが椅子に座り優雅にティータイム中のベルンは瞳すら開けなかった。

「実はすげぇ年齢でベルンより年上」
「嘘をつくならもう少し楽しませる嘘を言って」

かろうじて口は開かせられたがその口もすぐにティーカップに塞がれる。

「ベルンの胸は上げ底」

ぴくりと微かに身体が揺れた気がした。
実際上げ底かは知らないが俺の中で疑惑はある。だがこの反応から黒か?

「自分以外の事を言い出すなんて最低ね」

持ち上げたティーカップを受け皿に音を立てて置いた。普段はそんな事しないのにやってるという事は図星だったか。
ベルンが次はどう出てくるか窺っていると顔を俯けてしばし沈黙した。相変わらずの無表情で読めない。

「猫よ」
「は?」
「私は黒猫なの」

そう言って瞳をうっすら開けたところでベルンは消えた。
確かにベルンには尻尾がある。でも見た目はどう見ても俺より小さい女の子だ。

「それに猫が人化したなら猫耳がないのはおかしい!」

自分でもよくわからない主張を言い切る。だが相手はおらず、一人取り残された空間でむなしくなってきた。

「ん?」

足元に違和感を感じて視線を向けると足に擦り寄る一匹の黒猫がいた。
鳴きもせずにただ擦り寄るだけ。

「な、何で黒猫?」

突然現れた黒猫に問い掛けると擦り寄せていた顔を見上げて俺を見つめる。
しばし見つめ合うとやがて黒猫は興味をなくしたように離れ、こちらに尻尾を向けて歩き出した。
尻尾には見慣れたリボンがついていてそれが目に入ると同時に口を開いていた。

「まっ、待った!」

慌てて黒猫の胴体に手を滑りこませて持ち上げる。
隙をつかれたのかすんなり捕まった。

「お前ベルンなのか?」

顔の近くまで持ち上げるがそっぽを向かれてしまう。

「ベルンさんよぉ、今日は嘘をついていい日なんだぜ?なのに本当の事やってどうするんだよ」

言いながら先程までベルンが座っていた椅子まで歩き座る。
ベルンらしい黒猫は暴れる事もせずすんなりと俺の膝に座った。

「この場合、あのベルンが猫に化けたのか?それとも猫がベルンに化けたのか?」

頭から背にかけて撫でてやると気持ちよさそうに背を反らす。
ベルンのはずなんだがこうも反応が素直だと対応に困る。

「しかし何でいきなり猫になんてなったんだ?あれか、胸の事言われて、いて」

顔を撫でてやっていると言葉に反応したように指を軽く噛まれた。
その反応にベルンだと確信した。

「しっかし、魔女なら猫になっても話せたりしないのかよ。これじゃあ俺が猫に話し掛ける危ない人だろ」

ちらと猫がこちらを見てすぐに逸らす。

「何だよ。その通りみたいな視線で見るなよ」

ふとテーブルの上にある冷めたお茶の入ったティーカップが目に入った。
ベルンは確かにいるのにいないような錯覚をしてしまう。ベルンが去ってしまったあとのような錯覚。

「……わっ、なんだよ」

テーブルを見つめていると突然猫が俺の肩に前足を乗せてきた。
予想外の行動に体制を保とうとしたけど猫の力は意外と強くて椅子ごと後ろに倒れてしまった。

「っ……背中打った」

ベルンを落とさないように抱えこんでいると今度は頬に生暖かい何かが触れる。

「ちょ、なんなんだよ。くすぐったいだろ」

猫の舌が頬に触れて、毛も微かに触れるもんだからくすぐったい。
強く制止することも離すこともできなくてしばらくじゃれるようにしていた。

「たくっ……全然わからねぇ」

目の前にいる猫はつぶらな瞳で俺を見つめる。
吸い込まれるように僅かしかない距離を詰めようとした時、陰が射した。

「そんなに猫が好きなの?猫に乗られて楽しそうね」
「はい?」

見慣れた顔に見下ろされ聞き慣れた声に罵られる。
そこにいたのは間違いなくベルンだった。

「な、なんで!?」

確かに俺は黒猫を抱いている。
なのにその黒猫であるはずのベルンが目の前にいた。
ベルンは俺の反応を楽しむように笑った。

「黒猫だって言ったじゃねぇか」
「貴方が決めたのよ。嘘をつく日だって」

確かに言った。
言ったが何か納得がいかない。

「じゃあこの黒猫はいったい何……あれ?」

抱いていたはずの黒猫がいつのまにか消えていた。
確かにベルンが現れた時にはいたはずなのに。

「結局どっちなんだよ」
「何が?」
「黒猫がベルンだったのかそうじゃなかったのか」

見下ろしたままくすくすと笑うとスカートを翻して後ろを向いた。スカートの中は見えそうで見えない。

「私じゃないわ。私ならあんな事するわけがないわ」

その言葉にもう追求する必要はないと感じた。
嘘つきな日なんだから。
向けられる尻尾についているリボンを眺めてただ笑った。



H23.4.6

嘘つきの日
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