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「ベルンって猫なのか?」
向かいに座るベルンに問うと尻尾が動くのが見えた。
「猫なら何だって言うの」
つまらなさそうにカップを持ち口をつける。
見た目は少女だ。少女に尻尾がある。
「水は苦手なのかと思って、なっ」
パチンと指を鳴らしベルンの頭上から水を降らせた。
カップの中身はもう飲めたものではないだろう。
「猫って水が苦手なイメージがあるけどベルンも苦手だったりするのか?」
降らせてから問うとは我ながら性質が悪いと思う。
水浸しになり前髪は額に張り付いている。目を細めてカップを見つめるとゆっくりと置いた。
「うわっ!?」
ベルンがカップを手にしていた手をあげると頭上から水が降ってきた。
反撃は予想していたが前触れがなく驚いてしまう。
「せめて何か言ってから……赤?うわっ!?」
反射的に閉じてしまった目を開き、目を手で拭うと濡れた手は赤い水滴がつき白いジャケットも赤く染まっていた。
「ただやり返しただけではつまらないでしょう?」
くすくすと笑いながらベルンは椅子から立ち上がり机から離れる。
「まさか血じゃ……」
一瞬恐ろしい考えが過るがすぐに血特有の匂いや感触がせずただの赤い水だとわかり安心した。
しかし悪ふざけには違いなく憤り、机に両手を勢いよく叩きつけ立ち上がった。
「先にやったのはあんたよ」
冷ややかな視線を向けられ言葉に詰まる。それを言われてしまえば自業自得というものだった。
「お茶の時間を台無しにしたんだから当然よね?あんたの真っ青な顔楽しかったわ」
「それは……」
悪かったとは認めたくない。普段からやられてるのはこちらだ。たまには仕掛けてもいいだろう。
だから謝罪はせずに椅子から離れベルンに近づいた。
「水も滴るいい男ってところだな」
「端から見たら返り血を浴びてるようだけど」
ベルンは嫌がらせのように笑みを浮かべながら言う。
言い返さずにベルンの姿を上から下へ凝視した。
「透けないんだな。まあ、透けてもその体型じゃな」
ベルンの服や髪からはまだ水滴がぽたぽたと落ちる。水を含んだ服はいつもより縮んだように見え重そうだった。
「透けさせたいなんて変態ね」
「見えそうで見えないのがいいからな」
ベルンは張り付く横髪を払い見上げてくる。
たかが水をかぶっただけなのに何かが違うのはなぜだろう。それを見透かすようにベルンは笑みを深める。
「水も滴るなんとやらに引っ掛かったのはあんたのようね」
「はぁ?」
思わず間の抜けた声が出る。ベルンは一歩近づき人差し指を胸に押し付けた。
思ったよりも強い力に押されないように踏みしめる。
「赤く染まる戦人もいいものね」
「どういう意味だ」
「さあ?楽しませてくれそうという意味かしら?」
怪しく笑う魔女は見た目の幼さに反して妖艶だった。
滴る水が煽るように床に落ちる。
気づくと胸に押し付けられた手を取っていた。
張り付く髪は俺の指にも絡みつき、服は阻んだ。
それでも水気を含む全てに触れたくて、床に倒れこんだ。
H24.8.28
水の誘惑
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