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館へと足を踏み入れるとエントランスに男が佇んでいた。
入り口に背を向け、階段の踊り場を見上げている。

「お前がここに来るのは珍しいな」
「貴方が始まっていないゲーム盤にいるほうが珍しいわ」

男の真横に立ち、顔を見上げる。男は口角を上げてこちらに顔を向けた。
出で立ちは知っている男と瓜二つだけど色の違うスーツだけでなく纏う雰囲気が違った。

「駒は一人でには動けないが……マスターが望めば動けるからな」
「私は仮初めの自由を与えただけよ」

背の違いから届かないとはわかっていても男の頬に触れるように手を伸ばす。
男は冷めた瞳で私を見るだけで動きはしなかった。

「貴方も奪われれば傷つくのかしらね」

頬に触れる事なく宙にさ迷う指先。指先は触れなくとも男に何かしら影響した。

「俺が奪ったとしても奪われる事はない」

私には虚勢に映った。ただの駒。あの男を象った駒。どこかにあるかもしれない真実。
でもこの駒の男には真実も嘘も関係はない。ただ役割を与えられ動くだけ。

「っ……悪趣味ね」
「お前の口からそんな言葉が聞けるなんてな」

手を下ろしたと同時に上から何かが降り、私の身体を濡らした。
視界に映る男も私も赤く染まる。床には赤い水溜まりができており靴の中に染みていき不快に感じる。
その様子は無表情のまま、けれどやつあたりをする子供のようにざまあみろと言わんばかりに感じた。

「俺が望むのはこの赤だ。ゲーム盤を赤く染める。俺から奪えるのはこの赤だけだ」

赤い雫を滴らせる男は雨に濡れているように寂しげだった。
自分に言い聞かせるようで酷く滑稽。なのに愉快で私を楽しませる。

「……っ」

水飛沫が上がる。水面が低く、高くは上がらなくても私の足に赤い水がかかった。
男を地に張る水面へと蹴飛ばした。ただ、足で、渾身の力をこめて。

「“戦人”なら水も滴るいい男って言うかもしれないわね」

くすくすと笑いながら見下ろす。
男は無表情のまま見上げてくる。でも冷めた瞳ではなかった。
真っ赤に染まる男は今その感情も真っ赤になってるのかもしれない。

「お前も悪趣味だな」
「つまらない言い方ね」

そう言いながらも滑稽で愉快な男から離れる事はしない。

「赤が似合ってるわ」
「馬鹿にしてるのか」
「赤が好きなんでしょう?」

一歩近づいて両頬に触れた。今度は届く。
男はされるがままに私を見つめている。

「赤を奪ったらどうなるかしら?」

瞳が揺らいだのを見て私を満たす。
一瞬で消える、男が出した赤い水。何もなかったように元通り。
男は次に何を言うのか、何をするのか。
私は彼でも暇潰しをする。
大事な大事な赤を奪って。



H24.4.17

赤を奪う
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