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昭和58年の雛見沢の惨劇を古手梨花は突破した。

数々の世界を映すカケラをぼんやりと眺めながら私は佇んでいた。
今までの記憶を引き継ぎ、惨劇を突破した梨花。私は引き継ぎ際に梨花とは混じらずに傍観者としてここにいた。
時に引き継ぐ際に混じりえなかったものが私の中に混じりあう。普通ではない空間で人では見れないかけらを見れる私はもう“古手梨花”ではなくなった。


「なら“古手梨花”が惨劇を突破したのなら私は普通に人として生きていく梨花を見続けなければいけないの?」
「貴女のかけら紡ぎは終わったのです」

一人だった空間に人型が浮かび上がる。靄のように現れ、形を成すと巫女服を纏った少女が現れた。

「そんな事は聞いてないわ」
「ならば貴女はどうしたいのですか?」

私に選択の余地などない。
終わったのならば消えろという事なのか。
あんな結末を見せられて消えろというのか。
私に物語などないというのに。

「貴女にとって梨花の物語は終わりましたが、梨花自身の物語はまだ続いています。貴女も……」
「私にもあるというの?」

何を伝えに来たのかが読めず、苛立ち、睨みつける。
少女はふっと微笑みを浮かべた。

「貴女が望み、探せばありますですよ」

そんなものあるわけがない。
私は所詮“古手梨花”の物語の一部であり傍観者。
あんな結末を越えるなんてできない。できないならばはじめからいらない。

「私が望めばここからも出られるのよね」
「はい」

少女に背を向け目を伏せる。
“古手梨花”が長いこと惨劇の中にいたように、私も長くここでかけらを見ていた。
それは時に辛く苦しく、時に楽しく面白い。傍観という行為に快感を見出だしていた。

「新たな物語を見に行く事にするわ。私にはそれしかできないから」
「違います!貴女は」

これ以上話す事もないし、聞く耳も持たないと後ろにいる少女に視線を向ける。
すると少女は黙って真剣な眼差しを見せた。

「ボクは貴女を“貴女”だと見ています。だからどうか嘆かないで下さい」

私は望んだ。
この場所から去りたい、と。
すると声が段々と遠退いていった。

私は嘆いているのだろうか。何の快楽も得られない“古手梨花”の物語を見る意味などない。
退屈を嘆いているのだ。

“貴女は一人ではないのですから”

少女の声が遠くで聞こえた。


「普通紅茶に梅干しを入れるか?」
「貴方にとっての普通と私の普通は違うのよ」

一人でお茶の時間を過ごしていると突然の来訪者が現れた。
後ろから腕が伸びて、私の前にあるカップを奪い取る。

「……お前と普通の共有はできそうにねぇな」

紅茶を啜った音がすると後ろにいる男はそう言った。
私はカップのなくなったソーサラーをぼんやりと見つめながら答える。

「共有なんて退屈するだけ。私だけが楽しめるからこそ退屈はまぎれるのよ」

あれから私は様々な世界を見た。退屈は紛れはしても満たされはしなかった。
そして私は今この空間に留まっている。

「あんたの“退屈”って何なんだろうな」

ソーサラーにカップが戻されると両腕がテーブルに突かれてかすかな重みを背中に感じた。
退屈は退屈。
予定調和の中で繰り返され、何の楽しみも面白みのない物語。

「貴方にはわからないわ」

貴方はこの物語の主軸。
だからわからない。

「わかるわけねぇだろ。教えてももらってねぇし」
「自分で理解しようともしないなんて無能ね」

両腕は視界から消え、重みみ離れた。

「っ……!?」

身体を後ろから両腕で抱きしめられ私らしくないほどに驚く。
視界から消えた両腕が私の身体に絡みつく。強く、痛みを感じるほどに。

「お前だって退屈を自分でまぎらわせようとしてないだろ」

私は退屈を嘆くだけ。
そんなものはわかっている。
でもあの物語の終わりを越えられなどしないのなら嘆くだけしかできない。

「退屈退屈言ってるだけの魔女だ」

痛い。絡む腕が私を蝕む。
退屈ではないのに苦痛。

「俺はお前の退屈にもならないし、退屈しのぎになってなってやらねぇ」

「どちらでもないのなら何になるというの」
「知らねぇよ」

強く抱く腕の痛みを感じながら、私は空になったカップを見つめた。
残っていたのなら私がどんな表情をしていたのかわかったのだろうか。



H22.4.30

退屈を嘆く魔女
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