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僕は歪んでいるのかもしれない。
暗い螺旋階段を上りながら今更と自嘲気味に笑った。

毎日のようにこの階段は上るけれど、この扉を開けたのは何日前だったろうか。
鍵は必要ない扉。
扉に両手をついて、顔を寄せる。
物音は何一つ聞こえない。
いつでも逃げられると告げてある。
ふと扉を開けたら彼女はいないのではないかという不安に襲われる。
だからそれを確かめたくなくて階段を下りてしまう。
全て夢なのではないかと考える度に頭にある角に触れる。
これが彼女を束縛できる証。

「っ!?」

支えにしていた扉が不安定になり、身体を離すと月明かりが差し込んだ。
僕は扉を開いていないはずなのに。

「セイジュ……?」

何も纏わずに立ち尽くす彼女が首を傾げて僕を見ていた。

「なぜ、開けたの」
「えっ?あ、あの……ごめんなさい」

僕が怒っているのかと思ったのかアーシェは怯えながら謝ってくる。

「セイジュ?」

何日かぶりの部屋に足を踏み入れる。
アーシェが呼び掛けても返事はせずに背を向ける。
今日は扉を開けるつもりはなかった。

「セイジュっ」
「そんなに欲しいならいい子にしていないともうあげないよ」
「っ!い、いや!」
「僕にはたくさんいるんだ。君の代わりなんて」

何度も口にしてきた言葉。でも彼女はわかっている。本当は自分だけなんだと。
いくら酷い言葉を言っても受け止める。そして信じる。
僕が望んだとおりに。

「……本当に?」

いつもとは違う言葉に思わず振り返る。
いつもなら懇願するのに。自分だけにしてほしいと。

「もう、ここから出たくなった?」
「夢をね、見たの」
「夢?」
「セイジュと一緒にいた夢を」
「夢の僕の方がいいっていうのかい?それならずっと眠っていればいい」

夢に逃避したのかと夢の自分にまで嫉妬する。
僕であって僕ではない。

「笑ってるの。セイジュは人間界で先生をやってて、私が作ったちょっと焦げた卵焼き入りのお弁当を食べて笑ってるの」
「今の僕も笑っているよ」
「……うん」

肯定してるはずなのに悲しそうな瞳が否定をする。

「何が言いたいの?」
「ごめんね。わからない」

彼女は全て理解している。
だから僕が望む事以外は口にはしない。
だから彼女はここから出ていかない。

「……扉をどうして開けたの?」
「セイジュがいるってわかっていたから」
「いるとわかっていたからってどうして開けたの?」
「夢を見たから」
「どうして……」

望んだ事のはずなのに、歪んでいると自覚しているのはどこかで僕も彼女も望んだ最良の結果ではなかったからと思っているからなんだろうか。

「好き。セイジュが好き」
「……嘘だ」

ずっと信じる事ができない。
信じる事ができるのは僕の彼女への思いだけ。
だから鍵のない部屋に閉じ込めて確かめる。
彼女の愛を貰う事がなくても。

「信じなくてもいい。でも私はここにずっといるから、扉は開けて」
「そんなの身体が疼くからだろ!?僕が君の身体をそうしたからじゃないか!」
「それでもいいよ。セイジュがいなきゃ嫌だから」

何を言っても僕には届かない。
どうしたらそんなふうに受け止められる?
どうしたら君を……。レニならできたのかな。

「これは悪いおしまいじゃないよ」
「君は夢の方がいいみたいじゃないか」
「セイジュが辛そうだから……。私はずっとここにいるから」

だから信じてとは決して言わない。
ただ僕に向けるだけ。

「悪いおしまい、じゃないよ」

強調するように。
それは彼女自身が言い聞かせるというよりは僕に言い聞かせているように聞こえる。

「僕にはきっとわからない」

彼女を抱き寄せると両腕が背中に回された。

きっと歪んだおしまい。
でもそれでも悪いものではないのだと彼女だけが知っている。
僕には良いも悪いもわからない。
彼女を愛する事だけしかわからない。



H21.6.21

彼女を愛する事だけしかわからない
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