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仕向けたのに、あの子がいなくなった部屋はとても空虚に感じた。

「今まで感じた事なかったのに」

寂しくないかと聞いてきた彼女。そんな事思った事もないと答えた僕。
一度与えられたものは失えばまた求めてしまうのは当たり前。
それは天使であっても浅ましく貪欲に欲する。

「ははっ……馬鹿みたい」

窓から空を見上げると空は晴れていた。処刑の日は近いだろう。
彼女といても待つのは不幸。僕といても待つのは天使からの処刑。
なら、彼女はもう帰ったほうがいい。
僕は天使で彼女は悪魔なのだから。

「あ……」

彼女にプレゼントした天使の人形が床に転がっていた。
その横には籠。中にはオリーブと名付けた白い鳩。

「もう君はいても仕方がないよ」

僕ではもう君を治療してあげられない。
籠からオリーブを出すと窓を開けて飛ぶように促す。

「飛ぶんだ。お前のその羽ならもう飛べる」

数回鳴きながら羽を僅かに動かす。
僕にはない白い翼。

「さあ!」

僕の声に反応したのかオリーブは勢いよく飛び立った。
羽を数枚残して。

「おまじない、効かなかったな」

呟いて窓を閉めた。


それから数日の記憶はあまりない。ただその日を待つだけ。
逃げようという気すら起きなかった。
ふと床に転がったままの天使の人形が目に入って、それを手に港へ向かった。
僕がいなくなった部屋に残しておきたくはなかった。なら、青い空の下で青い海に沈めてしまおうと思った。
あの子の名前が底に彫られた人形。

「ごめん」

そう言って投げ捨てればいいはずだった。
それなのに振り上げた手はそれを離してはくれない。
天使を欲しがった悪魔の女の子。
悪魔を欲しがった天使の僕。
一度与えられてしまったらそれを欲してしまう。白い鳩はどこに行ってしまったんだろう。
希望は飛んで行ってしまった。愛だけを与えて。

「……っ」

でも選択肢はなかった。
元から希望なんてなかったんだ。
僕は人形を抱いてはじめて絶望を知った。

「そんなところでどうしたの?」

聞き覚えのある声に背筋がぞくりとした。
振り返るとにこやかに笑うセイジュがいた。

「何しに、来たの?」
「あれ、質問したのは僕なんだけど?まあ、いいや。その質問には答えてあげるよ」

大体の予想はついていた。だってすぐに羽音が聞こえてきたから。
これが白い鳩だったらいいのに。

「君が処刑されるのを見届けに来たんだよ」


もう痛みもなかった。
感覚は全て人形を握る手に集中している。これだけは離したくない。
みすぼらしい羽が散らばって、もう身体は動かせない。
僕の血で少し汚れてしまった天使の人形。僕はいつまで握りしめていられるだろう。

「彼女はまだ君を愛してるみたいなんだ」

陽気な声でだけど確かに殺意を含ませて頭上からセイジュが話し掛けてきた。
天使にいたぶられる僕を笑って眺めていた彼。わざわざ来た理由がその一言でわかった。

「だから君は過去になるんだよ。大丈夫、ちゃんと証は貰っていくから」
「……あか、し?」

かすれた声で呟くと僕の体勢は俯せにされた。

「だって、死んだ事をわからせてあげないと可哀相だろう?」

嘘だ。
可哀相だなんて思っていない。彼は彼女を自分の物にするために独占するために邪魔なものを消したいんだ。

「そのみすぼらしい羽を僕達の式で使ってあげるんだ。感謝してほしいぐらいだよっ!」
「ぁぁあああああああ!!」

もう声なんて出ないと思ったのに、痛みも感じないと思っていたのに、羽根をもがれて僕は叫んでいた。
気を失いたくても失えない。

「ははははっ!羽根をもがれて痛がるなんてやっぱり君も天使だったんだね!悪魔をたぶらかしたくせに!」
「う……ぁ……」

もう僕の羽根はろくにないだろう。
羽根がなくなっても天使だなんてどこまでも呪いのようだ。
こんな羽根をなくせば天使じゃなくなれば喜んでこの痛みに耐えたのに。
どうして僕は天使で、彼女は悪魔だったのだろう。

「君、何を握りしめているの?」

朦朧としてきていた意識がその一言で覚醒する。

「ねぇ?どうせ彼女の物なんだろ!」

足で思いきり手を踏み潰し、何度も踏まれる。
でも何度踏まれても手放す事はしなかった。

「壊れちゃったみたいだね」

そのかわり人形が耐え切れずに割れてしまった。
掌が切られて血が流れていくのがわかる。

「それじゃあね」

それだけ言い残すとセイジュは去ったようだった。
まだ油断はできなくて気配が完全に消えるまで待つ。

「は……」

息は軽くしか吸い込めず、掌の力を緩めると粉々になった人形が地に落ちた。
それを俯せのまま眺める。

「人形……すら、守れない」

陽の光に反射して光る破片。その一つを指で取り上げる。

「ははっ……きみ、は……つよいね」

彼女の名前の部分は不自然に分かれておらずに残っていた。
僕の気持ちを伝えられていたなら君は何て言ってくれたのかな。

不幸しかない未来でも一緒にいてくれた?
もしそうだったなら、僕は何にかえても全てを受け止めるよ。

最後に見れたのが君の名前でよかった。



H21.7.3

最後に見れたのが君の名前でよかった
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