novel top

夕暮れ。家の近くの林をあてもなく歩いていた。

「……私は何をやっているんだ」

呟いて木の幹に寄りかかり膝を抱えて座り込んだ。
陽はあたらず陰の中にいるせいで微かに寒さを感じる。
また妲己と些細な事で喧嘩をして飛び出してしまった。

「お姉さん、どうしたの?」

背後から突然声が聞こえ振り返りながら立ち上がり間合いをとるため跳び退いた。

「お前は……」
「少し久しぶりだね」

朗らかな笑みを浮かべて佇むのは何度か会った事のある青年だった。
見知った人物とは言え警戒は解かない。武器はないが多少なら戦える。少なくとも逃げるくらいならできるはずだ。

「警戒しないで。僕はお姉さんと話をしに来たんだから」
「警戒を解く事はできない。だからこのまま話とやらをしろ」

今も気配も足音もさせずに背後に現れた。そして黄帝の宮で私と妲己を助けたこともあった。助けられたが黄帝の宮にいた以上何者かわかるまで、いやたとえわかっても気を許してはいけない。

「話は聞いてくれるんだね」

青年は苦笑する。

「以前は助けられた。あの時は助かった。感謝する。だから話は聞く」

黄帝の宮とは言わない。言ってしまえば訊かざるをえなくなる。詳しい事を訊くつもりはなかった。
淡々と告げると青年は苦笑したままそのまま動かずに話し出す。

「お姉さんよく家を飛び出してるよね。幸せじゃない?」
「それはただ喧嘩をしただけで……」
「喧嘩をするってことは仲が良くないんだよね」
「それは違う!私とあいつでは価値観が違う。だから衝突もするが衝突できるのは仲がいいから、なんじゃないかと、思う……」

段々自信がなくなり視線が地に向きかけてすぐに青年に戻した。

「即答だね」

青年の言う通り私は青年の言葉をすぐに否定した。
無意識とはいえすぐに否定した自分にどこか安堵する。不安もあれどやはりあいつを好きな気持ちに偽りはない。

「話とは何だ」
「今のが話だよ」
「今のが?」

訝しげに見つめると青年は笑みを浮かべ返してきて本当にそれだけなのかと思う。

「そうやって衝突できたらよかったのにね」
「何の話だ」
「楊栴は父親の事嫌い?」

青年が私の名を口にし驚く。そして父親の話を出した事にも。

「……嫌い、ではない」

なぜ返したのかわからない。でも青年の顔が少し寂しそうに見えて返していた。
憎み、嫌ったが今はそういった感情はない。ただどうしてあんなことをしたのかという悲しさがあった。

「好きでもない?」
「それは黄帝にも言える事だろう」

歪んだ愛ゆえの行動とはわかっていた。だからといってそれが私の中での“好き”には当てはまらず、黄帝はただ歪んだ感情を私に向けただけにしか思えなかった。

「……そうか」

青年は顔を逸らしそう呟いた。やはりどこか寂しそうで近寄りそうになる。

「でも忘れないで。父親がいたことを」
「忘れるわけがない」

青年がこちらに顔を向けて笑んだ。

「じゃあね、お姉さん」

そう告げて木の幹に身体を隠すとそれ以降姿が見えなくなってしまった。


警戒を解きかけて前方から気配を感じて構えるとすぐに見慣れた姿が見えた。

「見つけた」
「妲己……」

先程喧嘩をした相手が現れ気まずく視線を逸らす。

「ほら、帰るよ」

目の前まで来て優しい声音が聞こえると手を掴まれた。

「まだ怒ってる?悪かったよ」
「いや……私が悪かった」
「楊栴、どうしたの?いつもならもう少し意地を張るのに」
「人が謝ってるのに何だその態度は!」

顔を上げて妲己に勢いよく言うと妲己は笑った。最近よく浮かべる優しい笑顔。何だか気恥ずかしくて目を逸らす。
でも掴まれた手は振りほどかずに握り締めた。

「楊栴?」
「……まるで子供だ」
「誰が?」
「迷子にわざとなって探しに来てもらう子供みたいだ」

喧嘩をして家を飛び出すと妲己は必ず迎えに来てくれる。呆れもせずに何度も。それが嬉しいからなのか飛び出す必要もないのにこうして無意識に飛び出して妲己を待っている。

「いいよ。それだけ楊栴が俺を好きだって事だから」

指が顎にかかり顔を上げさせられた。
間近に迫る顔は嬉しそうな表情だった。

「妲己は少し変わった」
「そう?」
「……そうだ」
「どう変わったかは言ってくれなさそうだね。まあいいか、訊く機会はまだまだあるし」
「いつかは言う。多分」

顎から手が外され妲己が背を向けると手を引かれて歩き出した。

「楊栴は更に可愛くなった」
「今の流れから全くそう思う余地がない」
「いつか言うよ、多分」

妲己のからかうような表情に聞きたいような聞きたくないような気持ちになる。だが嬉しくもある。これからも共にあるのだと実感できるから。
妲己の愛情も最初はわからなかった。話をして段々と妲己という人物がわかり、自分とは違う価値観で愛情を注いでくれたのだとわかった。そして私はそれを受け入れた。
いつか黄帝とも話をする日はくるのだろうか。
空を見上げてただ一人の肉親を思う。

「妲己」
「なに?」

違う私達がこうして共にあれるようになるだろうか。
私は妲己の名を呼び握った手に力をこめた。



H24.9.1

迎え
prevUnext