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予定の時刻になっても夜刀は小屋に戻ってこない。
普段ならあり得るが島内では時間をとられるようなことはあまりない。またどこかで眠ってしまっているのかと出ようとした瞬間扉が開いた。

「夜刀、貴方はあれほど時間厳守だと……」
「ごめん、陽刀兄。なかなか捕まえられなくて……」
「……隠し子でもいたんですか」

そんなわけがないとわかっていてもつい口から出てしまい夜刀は笑いだした。よっぽどおかしかったのか軽く咳こんでいる。しかし繋がれた手は離さない。
夜刀の手は幼い少女の手を掴んでいた。

「いくらオレでも無理だよ……それに子供にするより育ててお嫁さんにしたい」

夜刀が屈んで笑いかけると少女は一歩引いた。でもやはり手を捕まれていて逃げたくても逃げられない。
双子といえどやはり身体が違えば理解できないことはある。

「夜刀、とりあえずその子の手を離してあげなさい」
「えぇ〜、だってこの子逃げるよ?迷子なら一緒に行こうって言ったのに逃げられたし」

それが真実なら離すなと言いたいがこの様子では怖がらせてしまったのだろう。夜刀本人に怖がらせる気はなくても。
ため息を吐き、少女の前までくると膝をついた。不安そうに見つめられる。長い黒髪と顔立ちがある人物が過った。でも今は問いただす前にやることがある。

「大丈夫ですよ。この男は私の弟で私も夜刀も貴女に怖いことはしません。ただ迷子なら貴女も私達も困るので事情を話してくれませんか?」

怖がらせないようにできるだけ声音を柔らかくする。すると少女は小さく頷いた。

「手を離しても逃げないで下さい。この男は逃げられると追いたくなるんです」
「なにそれ」

夜刀には黙っていなさいと目線を送ると黙り手を離した。
離しても少女は逃げなかった。

「名前は言えますか?」
「……みさき、です」
「陽刀兄……オレ凄いことに気づいたかもしれない」
「それはこの少女が白雲さんかもしれないというなら全く凄いことではありません」
「なんで?」
「みさきさんですね。いつからここにいたのかわかりますか?」

ひとまず夜刀は放っておきみさきと名乗る少女に話しかける。

「気づいたら……いました。そしたら、その人に見つかって」
「あれ、オレ悪者みたいな扱いなの?おかしいな……優しくしかしてないのに」
「わかりました。喉が渇いていたりお腹は空いていませんか?」

俯いて考える様子のみさきさんの頭を軽く撫でる。少し驚いたようでも怖がることはない。

「……喉が渇いていて」
「水くらいしかないけど」
「いただけるなら何でも……」
「では椅子に座って待っていて下さい。貴方はこっちですよ」

椅子を指ししめすと歩いていくみさきさんについていこうする夜刀の腕を引っ張った。

「陽刀兄……オレがいないと水持ってこれない?」
「違います。彼女のことどう思いますか?」
「どうって……可愛いよね」
「違います!この島に子供が一人で来れるわけがありません」
「だから、美咲なら説明つくよね」
「つかないでしょう。彼女は私達と同年代です。それが突然幼くなるなんて……」
「でもこのままオレ達が育てれば都雲に来る事になるよね」

コップに水を汲みながら話していると夜刀の言葉の意味が計りきれずに手が止まった。

「それは……どういう意味ですか」
「最初に言った通りお嫁さんにするってこと。持っていくよ」

コップを手にし夜刀はみさきさんに持って行った。最初は躊躇してコップと夜刀を交互に見つめていたがコップを手にし飲んだ。

「……そろそろ練習の時間ですがどうしましょうか」
「美咲も連れていけばいいよ。練習を見てたら何かわかるかもしれないし。ね、美咲」
「そうですね。貴女を一人にしてはおけませんし一緒に行きましょう」


練習場所でいつも通り練習するとみさきさんは脇に座りじっと見ていた。飽きてしまうかと思っていたがそんなことはなく最後まで見入っていたようだった。

「美咲、楽しかった?」

夜刀が聞くと笑いながら数度頷く。すると何か言いたげに私を見上げてくる。

「どうかしましたか?」
「あの……右側から攻撃したあと……」
「右側から、ですか?大丈夫ですよ。言って下さい」
「右にこられるとだめ、みたいに見えました」
「確かに抜けられやすいよね」
「ありがとうございます。これから重点的にやっていきます」

お礼を言うとみさきさんは嬉しそうに笑った。
小屋に戻ることにし来た道を戻った。

「美咲、抱っこしようか?」
「……いいで、きゃっ」
「危ないっ」

戻る途中の洞窟内は暗く子供の足では歩きにくいだろう。行きも危なっかしかったが今は夜刀が声をかけたことにより足をとられたらしかった。

「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」
「だから危ないから抱っこするよ?」
「……では手を繋ぎましょう。夜刀も片手を握ってあげてください」
「うん」
「やはり心配なのでこうさせて下さい」

両手を握られたみさきさんは首を横に振りもう一度礼を述べた。

「何か陽刀兄と夫婦になった気分。そうすると陽刀兄がお母さん?」
「馬鹿なことを言わないで下さい」
「でもオレはお母さんってタイプじゃないよ?」
「そういうことでは……」

呆れてくると小さな笑い声が聞こえた。他愛ないやりとりにみさきさんが笑っていて少し安心する。
そしてそのまま手を繋いで小屋へ戻った。


「夢かと思ったけど陽刀兄も全く一緒なら夢じゃないのかな」

翌朝目が覚めるとみさきさんはいなくなっていた。
夜刀がみさきはどこに行ったのかと言い出して試しに昨日のことを互いに話すと同じ出来事だった。

「いなくなってしまったのは残念ですが彼女が帰れたのなら良かったです。不安がっていましたから」

寝る際も眠れないのに平気なふりをしていて話を聞くと帰れるか不安だと話していた。

「何ですか?」
「いや……やっぱり陽刀兄も残念に思ったんだなって」
「それは……」

無意識に口に出してしまっていて夜刀から視線を逸らす。

「あの頃の美咲に出会えていたら違ったのかな」
「戻れないことを話していても仕方ありませんよ。朝食の仕度に行きましょう」
「うん」

名残惜しそうに呟く夜刀に同調しそうになりながらいつも通りに振る舞う。
彼女は覚えているだろうか。きっと覚えていないだろう。それでも早く顔が見たかった。



H26.5.11

戻れない時
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