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「理人先輩、掃除終わったら連絡しますから……」

図書館の上階にある小部屋。今日は休日で彼女と過ごす約束をしていた。
今日はここで過ごそうという話になり、彼女が最近一生懸命覚えているチェスをしている時に彼女が辺りを見回した。

『掃除したほうがいいですよね』
『学園に頼めばやってくれると思うよ』
『それは何だかお父さんを頼るみたいで……それに使わせてもらってますし』

眉間に微かに皺を寄せながら俯く。しばし沈黙し立ち上がった。

『掃除します!』
『待って』

掃除用具を取りに行こうとする彼女の手をとって引き留めた。

「せっかく着てくれたんだから見せて」
「どうしてこんな服を持ってるんですか……」

彼女は今短い丈のメイド服を着用していた。
掃除をすると彼女が決めた以上何を言おうと譲らないだろう。だからやるならある服を着てほしいとチェスで勝負をした。
俺に止められるぐらいならチェスで負けるとわかっていても服を着た方がいいと思ったのだろう。だから彼女は勝負を承諾した。そして今に至る。

「文化祭用にいくつか作ってみたんだ」
「何のためにですかっ」
「喫茶店やるんだろう?だから協力を申し出てみた」

彼女はモップで床を拭いていたが制止し俺を見つめた。

「私話してないのに……」
「色々あるんだよ、情報網が」

悪戯っぽく告げると彼女は少し拗ねた表情でモップがけに戻った。
ここにいてもいい条件は本を読んでいることだった。理由は素直に恥ずかしいから見ないでほしいと言われてしまったら承諾せざるをえない。
頭に入るはずがないけど本を開く。時々彼女を見遣る。どことなく楽しそうだった。
段々とこちらに近づいてきて横で背を向けてモップがけをしている。
再び見遣ると腰にあるリボンがほどけかかっているのが気になった。

「リボン、ほどけそうだよ」
「え?」

言いながらリボンの端を手にする。すると彼女は作業を止め振り返った。
彼女の視線はリボンを手にした手に向けられる。

「り、理人先輩!?」
「ほどけかけていたから」
「それでも手にするのは」
「結び直すよ」
「だ、大丈夫です!自分でできますからっ」

もう片方も掴もうとすると彼女は慌てた様子で止めようとした。

「あっ……」

慌ててしまったせいか振り向きながら止めようとしたせいかバランスを崩して倒れこんできた。彼女を受け止めようと手を差し出すと本は床に落ち、モップが床に落ちた音が響いた。

「大丈夫?」
「すみませんっ!理人先輩こそ大丈夫ですか!?」

仰向けに倒れ込み膝の上に載る体勢になり彼女は驚いて目を見開きながら言った。
乱れた前髪を整えるため触れると少し落ち着いたのか身体の力が抜けた。

「俺は大丈夫。姫を受け止められてよかった」
「ありがとうございます。重いですよね、すぐにどきますから……理人先輩?」
「スカートの裾は押さえていたほうがいいかもしれない。俺は気にしないけど」
「理人先輩が足から手を離してくれればそんな心配しなくて大丈夫です!」

彼女の両足は端にかかり上がっていた。足を下ろさないと起き上がれないだろう。
それがわかっていて足を片手で押さえた。彼女は両手でスカートの裾を押さえていた。

「なかなか見れない服装だからよく見ておかないと」
「だからってこの体勢は……」

気恥ずかしげに目を伏せる彼女が可愛らしくて目蓋に唇を落とした。近づいた時に反射的に目を閉じて、触れると微かに身体が震えた。

「……理人先輩」

顔を離すと困ったような恥ずかしいような表情で見上げてくる。

「どうして掃除しようと思ったんだい?」
「……大事な場所は綺麗に大切にしたいじゃないですか」

掃除をしている彼女の姿から何となく予想はついていた。

「じゃあ俺も一緒に掃除をしようかな。姫との大事な場所を」

彼女は嬉しそうに顔を明るくさせる。

「でももう少しこのままでいさせてほしいな」

抱きかかえるように両手で抱きしめると耳元で小さく返事が聞こえ、腕が回された。



H24.9.10

大切にしたい場所
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