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塔での用事を済まし部屋を出た。

「予定よりも時間がかかってしまいました。早くアリスのところに戻らないと」

扉を閉め、アリスと別れた出入口に急いで向かう。
会長に雑事を押し付けられ塔に向かう途中でアリスと会った。すぐに終わる事を告げると一緒に行ってそのあとお茶でもしようと言ってくれたのだ。

「アリス!」

早足で階段を下りて行きいるであろう愛しい人の名を呼ぶ。
でもそこには誰もいなかった。誰かに聞こうにも近くには誰も見当たらない。

「アリス?」

待っていると言ってくれたアリスが帰るはずがなく周りを見回してみる。
彼女は律儀な性格だ。待つと告げた以上何も言わずにどこかへ行くのは考えづらい。何かがあれば別だが。
胸騒ぎがした。目を離してしまったから、僕のせいでアリスがどこかへ行ってしまったのだとしたら。

「アリス……」

ここにいても仕方ないと塔内を探してみる事にする。
見つからなかったらその時に考えよう。

「あ……アリス!」

直線の廊下を歩き、曲がり角を曲がった先に探していた姿が見えて駆け寄る。

「ペーター?あ!ごめん、探したでしょ!?」

僕の声に反応してこちらを見たアリスはぼんやりしていた。すぐに我に返り慌てる。

「いえ、大丈夫ですよ。すぐに見つかりましたから」
「本当にごめんなさい。待ってるって言ったのに」
「待たせた僕が悪いですから」

アリスのすぐ横まで来て告げるとアリスは少し困ったように笑った。いつものやりとりだ。
アリスの正面に視線を向けるとドアがあった。他のドアに比べると古びて一回り小さいドア。見た目からは物置に見えた。

「何かあったんですか?」
「何もないわよ。何もないんだけど……」

ちらりとアリスは目の前のドアを見る。

「ペーター?」

気づけばアリスの手を取っていた。
そのまま見つめていたら彼女はドアを開けてしまうかもしれない。なぜかそれをさせてはいけない気がした。

「すみません。そろそろ行きましょう」

手を引くように出入口に向かおうとする。でも軽く引いただけではアリスは動かなかった。

「ペーター、秘密の部屋の話って知ってる?」
「どこにでもある噂話ですよ。実際は誰かの隠し部屋だったりするだけです」
「そうよね」

秘密の部屋なんてないと否定してアリスも同意したはずなのに視線はドアから離れなかった。

「……僕たちの秘密基地みたいなものですよ」
「私たちの?」

今はなくなってしまった昔の秘密基地。
アリスは僕に視線を向けて首を傾げた。
一瞬わからない顔を見せたもののすぐに思い出したのか笑う。

「そっか。そうね、秘密基地みたいなものよね。どこかに繋がる秘密の部屋なんてないわよね」
「はい」

どこかに繋がるという言葉にどきりとした。早くこの場所から離れたくなる。

「また作りたいわね」
「何がですか?」
「“秘密基地”」

彼女の発言に少し驚く。そんな僕を見てアリスは笑うと繋ぐ手を引いて歩き出した。
やっと離れられたドアをもう一度見てから前を向く。

「アリスのためなら作ります!」
「一緒に作るのよ。あとペーターも作りたいって思わなきゃ駄目」
「作りたいです!」

先を歩いていくアリスの背に言うだけでは足りずに繋ぐ手に力をこめる。
するとアリスは顔だけ振り返った。

「わくわくするわね」
「はい!」

楽しそうに笑うアリスに嬉しくなる。
もっと見たくて横に並ぶ。勢いよく横に来た僕を見上げるアリス。

「アリス」
「なに?」
「“ドア”には近づかないで下さい」
「ドアなんてたくさんあるわよ?」

胸騒ぎは完全にはおさまらなくて言う。アリスは不思議そうに返しながらも頷いてくれた。


出入口まで来て塔を出ようとする。

「ペーター?」

出る直前に視界に何かが映りこんで立ち止まる。
アリスに呼び掛けられ何でもないことを告げ塔を出る。
通路の先に道化が見えた。嘲笑うように見てくる道化が。
でも見ぬふりをした。

「次の休日はどうしましょうか」
「アリスと一緒にいたいです」
「いつもそうでしょ」
「はい」

赤薔薇寮までの帰り道は次の休日の話をする。
幸せの一時を。アリスの幸せを願いながら、アリスと一緒に。



H24.6.29

幸せの一時
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