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この世界に残ってしばらく経った。
仕事を終えて空を見上げると夕のオレンジに染まっていた空が昼のブルーに瞬時に変化した。

「休憩ね」

次の時間帯は休憩で昼の空を見たらあのうさぎに会いたくなり、城内に探しに行った。


出入口ですれ違った馴染みのメイドにペーターを見かけたか訊くと、場所を教えてくれた。廊下を歩いていくと声が聞こえる。
何か兵士が失敗したらしい。と言っても実際は大した失敗ではなく些細なミスでペーターは下手すると殺してしまう。
冷たい声が聞こえ近づくと見慣れた姿が見えた。

「アリスっ!」

冷たい声に似合いな冷たい表情で兵士に向き合っていたペーターが私を視界に捉えたのか一変した。
何度その変化を見ても慣れない。いや、慣れはしたのかもしれない。でも身体なのか心なのかは正直で胸が高鳴ってしまう。

「探してたのよ」

ペーターの目の前までくるとペーターは大げさなリアクションをし、片手を取り両手で握る。

「あぁ!すみません、アリス!呼んでもらえればすぐに行ったんですが」
「いいのよ。仕事中だったら悪いしそれに……」

ペーターも休憩だということは先程のメイドに訊いていた。自然と胸の前に手を宛てていて俯く。

「貴女以上に優先すべき事なんてありません!」

遮るように言い切られ顔を上げるとペーターは笑った。言葉を続けられはしなかったけどもしかしたら言えたかもしれない。ペーターを探すのも好きで、私を見つけた時の貴方の反応も好きなのよ、と。
そう思いながらやはり言えないと心の中で嘲笑した。
半ばペーターに忘れられ立ち尽くしている兵士に目配せをする。兵士は軽く一礼して静かに去って行った。

「一緒にお茶をしようと思ったの。私の部屋に行くわよ」

もう少し可愛らしい誘い方ができたらいいのにいつもの調子で誘うとペーターは嬉しそうに頷いた。


「はい、どうぞ」

自室のテーブルに紅茶の入ったカップを置いてペーターの向かいに座った。
ペーターは淹れられた紅茶を見つめながらうさぎ耳をしょんぼりさせている。

「飲まないの?」
「アリスにこんなことをさせてしまうなんて……白ウサギ失格です」
「そんな大げさに言う事じゃないでしょう?それにあんたにとって白ウサギって何なのよ……」

あまりにも大げさに絶望したように言うものだから呆れてしまう。自分で淹れた紅茶を一口飲むとペーターが顔を上げた。

「“僕”は貴女のために存在しています。それ以外はどうでもいい。紅茶ぐらい僕が淹れます」
「私が淹れたいって言ったんだから私の要望を受け入れてるじゃない」

一度は戻った耳がまたしょんぼりと垂れ、同時に再びカップの中身を見つめる。

「そうかもしれませんが……」
「何でもやらなくても私はここにいるわよ」
「それもわかってはいるつもりなんですが」

珍しく歯切れが悪い。いつもはもっと勢いで押してくるところがある。それに呆れながら、ペーターと私の想いの違いを確認させられる。好きなのに、彼と私の想いはすれ違っている。好意があるとわかっているのに片思いをしているような気分だった。

「貴女に何かしてさしあげたいです。もうこの世界に留まってるとわかっているつもりなのに、何が貴女を留めているのかがわからない」
「……矛盾してるわ。わからないから私に何かして留めたいんじゃないの?」

カップを置くとペーターが顔を上げた。その瞬間また胸が高鳴る。私だけに向けられる優しい微笑が、私を見てるはずなのに、だから嬉しいのにどこか切ない。

「ただ貴女に何かしていたいだけです」
「何よ、それ……」

自分勝手な冷徹で潔癖症の白ウサギ。なのに彼の向ける想いに無償の愛を感じる。いっそ私を求めてくれたらいいのに。私のそれはまだ恋でしかなく熱のよう。愛になれば彼のようになるのだろうか。ペーターさえいてくれたら、何もいらない。ペーターに何かしてあげない、何も返されなくていいと思えるのだろうか。

「アリス?」

今度は私が俯いてカップの中身を見つめた。
同じになんてなれない。同じになんてなりたくない。私とペーターは別々の存在なのだから。でもすれ違うこの想いはどうしたらいいのだろう。
彼が好きで泣きそうになる。熱に浮かされて涙が溜まる。
私は彼が欲しくて仕方がなかった。



H24.9.18

【泣いたのは恋心】
お題配布元:静夜のワルツ

泣いたのは恋心
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