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「会合にはもう慣れましたか?」
「何となく?」
二回目の会合が終わりアリスに声をかける。苦笑しながらそう答える。
「会合よりも引っ越しが慣れなくて」
「勝手に引っ越すだけですよ。多少地形や領土は変わりますがすぐ慣れます」
「……そうね」
寂しそうに見えたのは何故だろう。クローバーの国とハートの国では領土や役持ちが多少異なる。引っ越した直後のアリスは狼狽えていた。そんなアリスに慣れると言い続ける。
「僕がそばにいますよ」
「ええ、ありがとう」
寂しさは完全に拭えはしなくてもアリスは笑みを浮かべてくれた。
走っていた。
急いだところで結果は変わらない。それでも息を切らせて森を駆ける。
門番のいない屋敷に入り込みそのまま屋敷に飛び込んだ。
「早いじゃないか、白ウサギ」
「お前!勝手に入りやがって」
同じように長い耳をつけたウサギに銃を向けられる。
応対する余裕などなくて足元の血溜まりに駆け寄った。
「余所者のままでは我々のように代えはきかない」
頭上から言われ睨む。帽子屋は無表情のまま見下ろしていた。
「私の不手際だ。だがどうすることもできない」
「貴方がそんな事を言うなんて珍しいですね。なら彼女を殺した門番を始末して下さい」
「それはできない。だから下がらせた」
確かにこの場に彼女を殺した門番がいれば僕は迷うことなく殺そうとしていた。
「おい、どこ行くんだよ!」
「いい、エリオット」
血溜まりの中から身体を抱き上げる。三月ウサギを帽子屋が制止し、それ以上は互いに何も言わず僕は屋敷を後にした。
ドアの森に訪れる。歩が遅かったせいか時間帯は幾度かかわり彼女の服もいつもと何も変わらないものになっていた。
ただ僕達とは違う心臓の音が聞こえない。いくら時間帯が変われど彼女は戻らない。
「アリス、死んじゃったんだ」
振り返ると同じ領土の騎士がいた。
「帽子屋屋敷の門番二人と仲が良かったもんね。繋ぎ止めようとした結果ってわけだ。中途半端はいけないよね」
「何が言いたいんですか」
「これでアリスは戻れない。ずっとこの世界にいるならいいじゃないか。ずっと彼女は彼女のままだ。代えなんてない」
「彼女に元から代えなんてありませんよ」
僕にとって唯一無二。幸せになって欲しかった。悲しみにとらわれたままあの場所にいてほしくなかった。
「この国に馴染めば余所者のままではいられないってわかってるだろ?みんな代えがきくようになる。だから良かったんだよ。ずっと彼女のまま手元に置いておける。良かったね、ペーターさん」
理解する気もないがエースくんの考えは読みにくい。何を目的にしているかがわからない。今この時も。
「どこに行くの、ペーターさん」
「どこだって貴方には関係ありませんよ」
ドアを開いて潜る。
「迷わないんだね。さようなら、ペーターさん」
閉じる瞬間に言われた言葉に返す事はしなかった。
「騎士が来たときは驚いたな」
「今度はナイトメアですか」
何もない色が混ざりあう空間を歩いていくとナイトメアの声が響いた。
「邪魔をするかと思ったが何もしてこなかった」
初めは僕もそれを考えた。僕がしようとしてる事を察知し邪魔をしにきたのではないかと。でも止める様子がなく目的がわからないまま別れた。
「さあ?迷ったんじゃないですか。いつも迷っていますから」
「そうかもしれないな。では白ウサギ」
暗闇の空間に入ると先に光が見える。
「良い夢を」
やはり返す事はなく光を目指し辿り着いた。
「アリス……」
アリスがよく過ごしていた大切な場所。僕が彼女を見つけ、大切にしてもらった場所。
地に彼女の身体を横たえて頬を撫でる。
『……そうね』
寂しそうにしていた彼女が過る。この気持ちはそれに近いのだろうか。別れには慣れないと言った彼女。今その意味がわかった気がする。これがそうなのかは僕には判断ができないけれど。
「愛してます……ずっとそばにいますよ、アリス」
時計を銃に変えこめかみに宛がう。頬を伝うのは涙。たくさんのものを与えてくれた。でもできればこんな悲しみは知りたくなかった。
それでも全て貴女からもらったものだから全て抱いてずっと貴女といます。
「だから笑って下さい。寂しくありませんから」
引き金を引いた。
彼女の身体に乗るのは避けたかったけれどできれば時計になって共にいたい。彼女と共にいれば墓に入れるかもしれない。もうそこに彼女はいないのに、彼女は不安がるから形でもそばにいたかった。
ただ一人の僕だけのアリスと共に、ずっと。
H25.7.21
ただ一人の僕だけのアリス
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