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姫乃家の執事を解雇され、お嬢様に再雇用され数日が経った。旦那様はお嬢様が雇う事を咎めず、感謝した。


「朝の掃除は終わりましたか?雑用係さん」
「さ、皐月さん……できればその呼び方は」

バケツを片手に屋敷に戻ると皐月さんが佇んでいた。
言葉を遮るようにバケツを取られる。

「雑用係は雑用係ですから。それより、まだお嬢様が起床されていません」
「今日は休日ですからまだ寝かせてあげてもよろしいんではないかと」
「いいえ、こんな美味しいイベン……惰眠を貪るなど姫乃家の令嬢らしからぬ素行。もうすぐで高校を卒業されるのですからしっかりしていただかないと」

休日ならお嬢様より歳の上の、それこそ旦那様ですら起床時間が遅くなることだってある。
明らかに皐月さんの趣味のためだ。

「……何が目当てですか?」
「なりたての恋人に突然こさせられ慌てるお嬢様はさぞ可愛らしいことでしょう。朝から想像しただけでご飯三杯いけます」
「ドアに聞き耳立てたりしないで下さいね……」
「そんな野暮な事をするわけありません」

どこまで信用できたものか。そう思いながらもお嬢様の部屋に向かうため階段を上り始めた。
恋人という言葉に浮き足立っているのがわかった。


「お嬢様?起床の時間ですよ」

ドアをノックし呼び掛けしばし待つ。
返答がないことを確認しノブに手をかけ静かに開いていく。
部屋はまだカーテンが閉められ暗かった。
前なら即座に窓へ行きカーテンを勢いよく開け再度呼び掛けたが、今は足音を忍ばせベッドに歩み寄っていく。

「本日も寝相は平気なようですね」

小声で呟く。
仰向けに眠るお嬢様を見つめ、できるだけ音を立てないようベッドに腰かける。
幾度となく見てきた寝顔。でも今は以前とは違う気持ちがある。
いつしかこの口調も自身の一部になり、常にお嬢様の事を考えるようになった。あの日お嬢様の誕生日プレゼントの執事になった時から考えていたのかもしれない。僕には彼女しかいなかったから。

「ん……」
「目が覚めましたか?お嬢様」

ゆっくりと目が開き寝起きのお嬢様と目が合う。何度か瞬きをすると目を見張った。

「真之介!?な、何してるの!?」
「お嬢様を起こしに」
「いつもと違うじゃない!」
「お嬢様?」

慌てた様子で布団にくるまりこちらに背を向けられてしまった。

「起きたから部屋から出ていきなさい!」
「もう少し寝ていてもいいですよ」
「何を言っているの?」

わざと音を立てるようにお嬢様に近づく。そっと肩に触れると身体が強張ったのがわかった。以前ならされなかった反応だ。

「お姫様にキスをして起こそうとしたら起きられてしまったのでもう一度眠っていただけないかと思いまして」

以前ならキスをしたいなんておこがましい事を考えることなんてなかった。
でも今は恋人として触れたくて仕方がない。

「わっ……!」

布団に視界を遮られると身体を引っ張られ気づけばお嬢様に押し倒されていた。

「……家の中ではやめて、って言ったわよね」

咎めるように聞こえる言葉に強さはない。何より近い距離に拒否されていないことがわかる。

「それは無理ですよ。お嬢様が可愛らしく愛しくて抑えられませんから」

頬に手を伸ばし触れるとお嬢様は恥ずかしそうに視線を逸らした。
お嬢様は可愛いと何度も口にしたのにやはり前とは違うように感じる。

「お嬢様?……っ」

決意したかのようにこちらに勢いよく視線を向けられると顔が近づき、すぐに唇が触れた。
柔らかく温かい感触に目を閉じ、自然と腕はお嬢様の腰に回っていた。

「真……んっ」

すぐ離れそうな唇を逃がさないように捕まえる。
啄むようにキスを繰り返しお嬢様の息が荒くなってきたのを感じ唇を離した。

「暗がりでも少し赤いのがわかりますね」
「こんなにされたらこうなるわ……」
「お姫様からキスをしてもらえたのが嬉しくて」

いつの間にかお嬢様は力が抜けたのか身体にのっており、その重みが心地よかった。

「重いわよね、今退くから腕を離してもらえる?」
「重くありませんよ。ずっとこうして抱きしめていたいほどです」

両腕で包むように抱きしめる。

「……恥ずかしいわ」
「恋人ですから。慣れていただかないと。慣れなくてもその反応も可愛らしいですが」
「ここまで変わるなんて思わなかった」
「お嫌ですか?」

答えるように抱きしめられ安心する。
朝の暗がりの部屋でしばしの睦事を交わした。



H25.1.18

睦言
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