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休日。お嬢様の部屋でお嬢様、皐月さん、僕の三人が顔を向かい合わせ座っていた。
二人の雰囲気から一体何が行われるのか問えない緊張感があった。

「真之介」
「は、はい」

重い沈黙をお嬢様が破り真っ直ぐ見つめるとすぐに口が開かれた。

「一日、わたしに昔の口調で話なさい」

一瞬何を言われたのかがわからずに首を傾げてしまう。

「首を傾げないで下さい、雑用係さん。難しい事は何も言っていません」
「だからその呼び方だけはやめてほしいと言ったじゃないですか」

一ヶ月経っても雑用係と呼ばれ続けられもはや恒例のやりとりとなってしまっている。
咳払いをし姿勢を正し改めてお嬢様を見つめた。

「僕は今は雑用係ですがあの日からお嬢様の執事です。主に無礼な振る舞いはできません」

お嬢様は僕の答えがわかっていたのか黙って眉を下げた。悲しそうな表情に胸が痛む。

「ですがお屋敷に来た当初はそれはもう言葉遣いを直すのが大変だったと伺っています。まさか忘却か置いてきたわけではないでしょう?」
「それは……」
「……黒江社長との電話では昔の口調だったわ」
「う……」

お嬢様に言われ言葉に詰まる。
皐月さんの指摘通り忘れたわけでも置いてきたわけでもない。そうできたらどれだけいいか。今の僕はお嬢様に仕える執事なのだから。

「と、まあ言いたい事は言ったのでわたくしは退散しますね。雑用係さんでも執事でもいいですが、お嬢様の恋人だという事はお忘れなく」

皐月さんはそう言うと部屋を退出した。
わかっている。恋人という関係を嬉しく思うし、こんな僕を好いて受け止めてくれたお嬢様を愛している。でも以前の口調で接するというのは難しい事だった。

「無理をしていない?」
「無理、ですか?」

躊躇いがちな問いに聞き返すとお嬢様は視線を逸らした。

「前にデート訓練をした時に敬語禁止にしたらおかしな口調になっていたから」
「あれは……そうですね、無理をしていました。前の口調から離れたものにしようとしていたので」

俯いて膝の上に置いた手を握り締める。

「ごめんなさい」

謝罪の言葉が聞こえ顔をあげるとお嬢様は微笑を向けてくれていた。

「そうよね、今の真之介は無理してそうに見えないもの。ごめんなさい、勝手な事を言って」
「い、いいえ!違うんです」

主人に謝らせて気を使わせて何をしているのか。何より愛しい人を困らせている。
お嬢様は昔の事は話さなくなった。僕があまり触れてほしくないことだと察してくれたのだろう。一ヶ月前の黒江の件までずっと話さないでくれた。

「昔の口調を出してしまえば今の僕にはなれない気がしてしまって……そんなわけないのにおかしいですよね」

苦笑するとお嬢様が辛そうな表情をする。まるで僕の心を読み取ったかのように。
一度目を閉じて次に目を開いた時には笑ってくれた。

「真之介はあの時わたしに来いと言ってくれたわ」
「あの時……」

お嬢様の言う時がお嬢様奪還の事を指してるのだとすぐにわかり、自分の言葉も思い出した。名前を呼ぶよう言われ無意識に口にした言葉。

「本当ですね、ははっ」

思わず笑いが漏れる。変なこだわりやしがらみを勝手に構築していたのは自分でそれは酷く脆かった。

「どんな真之介でもみんな貴方をわかってるから」
「……はい」

握り締めた手をほどきお嬢様の手を取った。

「真之介?……っ」

そっと手の甲に口づけし離れる。そのまま顔を寄せて唇に口づけた。手の甲よりも少しだけ長く。

「……ありがとう、京子」

唇を離して呟いて身体も離す。お嬢様の顔が微かに赤くなっているように感じた。
驚きの表情で何かを言いかけて口を閉じ、訴えるように上目遣いで見られても笑みで返す。
やがて肩の力を抜き再び笑顔を浮かべた。

「これからもよろしくね、真之介」
「はい!」

柔らかく微笑んでくれる愛しい人に頷いた。
口調なんて関係ない。どんな状況でも考えるのは主人であるお嬢様、恋人である京子の事。



H25.3.17

口調
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