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あまりにも呆気なくその日は訪れた。
玉座について幾日経ったのか。敵に追われ、側についていた使用人ももう数えるほどしかない。逃げ延びた者もいるだろう。僕が生き残った時のために。
林をひたすら進み道なき道をシエラが先導していく。彼女が前に立てば盾になり、何より彼女の行く道は信じて歩める。こんなことはないだろうと思っていただけに笑いが漏れる。彼女は僕の行く道に従ってきたのだから。
でも果たしてそうだったのだろうか。彼女と出会ってから分岐したのではないだろうか。この破滅の道に。
元からそんな道しかない人生だ。彼女がいるならそれでいい。

「私が囮になってきます。ですから」
「駄目だよ、シエラ」

振り返り早口に小さく告げようとしたシエラを遮る。
シエラは一瞬後方に意識が向きすぐに僕を見る。
わかったのだろう。もう自分以外主人を守るものがいないことに。

「ここからならお一人でも辿り着けます。ですから」
「君にもわかってるだろう?」

諦めにも見えるだろう。でも往生際が悪いのも好ましくない。分が悪すぎた。戻ったところで同じ事の繰り返し。繰り返せるかもわからない。
ならば襲撃犯がわかっている今殺されれば兄上が有利になり。兄上ではないという証拠はシエラが念のため襲撃犯にはわからないよう置いてきている。
僕がいなくなったあと兄上のせいにされなければいい。兄上が幸せになればいい。

「傲慢ですね」
「主にそんな口をきくんだ?」
「っ……」

結ばれた髪の片方を掴み引っ張る。
ある時からシエラとの関係性は少し変わった。主従であることは代わりない。でも過去に妾にしているのではないかと言われたような雰囲気はない。

「今、貴方がいなくなったらあの方が悲しみます」
「兄上が?見れたら嬉しいけれど見れないね」

更に強く髪を引っ張ると苦悶の表情が浮かぶ。こんな痛み彼女には然程のものではないだろう。でもこの痛みは今僕が与えている。だから彼女は隠さずに痛さの程度はあれど表情に出す。
手を離すと抜けた髪が数本絡みついたけれど振り落とさなかった。
それに気づいたシエラが取ろうと手を伸ばしかけて慌てた様子で前へ向いた。
彼女も傷だらけだ。骨も折れてるだろう。僕と会話していて敵の接近に気づかないなんて彼女らしくない。僕は見えていても言わなかった。

「木の陰に隠れていて下さい」

武器を手に飛び出す彼女を眺める。彼女の血飛沫が舞うのに時間は然程必要なかった。


地面に倒れ伏した音が響く。何の感慨もなく絵画のように眺める。予想していたような絵。結末。
太陽は出ていないというのに刀身はいやに光って見える。
相手の顔など見ずに自分を貫きその光だけを見ていた。

「っ……」

胸を貫き痛みを感じると同時に強い力に抱き締められ驚いた。
赤の髪が目の前に広がる。僕を抱き締めたシエラは武器を後ろに向け、未だ柄を持つ敵の喉笛を掻き切った。
視界が赤に埋め尽くされながら後ろへと倒れた。

「シエ……っ」

うまく声にならずに息苦しさと共に血が口から零れた。

「……エドワ、ルド様……」

僕よりもはっきりとした声でシエラが僕を呼び口元を拭った。
胸を貫く痛みと熱さに気が遠くなりながら彼女の重みが繋ぎ止めた。
彼女の肉を貫いた剣が僕をも貫いている。それは予想していない絵だった。
シエラは僕のものであり誰かのものでもあるといつしか感じるようになった。僕も彼女をよく見ていたということだろうか。いや、僕にはシエラと兄上しかいない。ならわかって当然だったのだろう。
彼女を信頼している。愛している。だから誰かのものでもあるということに関係は変わるざるを得なかった。
どんな僕にも彼女はついてくる。そう信じていた。主従という関係は変わらないのだと。

「ありがとう……ございます」

耳元で礼が囁かれる。何か返したくても笑みさえ浮かべる力はない。

『私を最後まで使いきって下さい』

シエラの望みが過る。
意識が遠のいていく。ただ彼女の重みと微かな温もりだけが残り視界が暗くなっていく。

「貴方に仕えられて、幸せでした」

できれば地獄にいっても仕えてほしいななんて冗談は言えなかった。本気も混ざっていると自覚しているから。
何も言う力は残されていないけれど、何か言えたなら僕は何を言ったのだろう。



H25.3.27

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