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それは日常の光景。


「どうぞ、兄上」

廊下で鉢合わせになり兄であるジャスティンに道を譲る。
兄上や僕の後ろに控える数人の使用人が殺気立つ。全員。これが今の日常。

「エドワルド」
「……はい」

横切って足を踏み出そうとすると呼び止められ振り返った。
兄上も同じように僕を振り返っている。これはあまりない光景だ。

「兄上?」

呼び止めたにも関わらず口を開こうとしない兄上に呼び掛けると身を翻し行ってしまった。
使用人達はわざわざ呼び止めておきながらと思っているのだろうが僕は振り返り呼び止められただけで十分だった。
何事もなかったかのように足を進める。繰り返す日常。

「お姉様を殺しておいて仕えていた主を呼び止める神経がわかりませんわ」

彼女を慕っていたメイドの一人が口にしたのが聞こえた。大半はそう思っているだろう。


別の日。
廊下にて以前から滞在している三人を見かけた。

「三人でいるのは珍しくないけど歩いているのは珍しいね」
「エドワルド様、そちらにご報告に伺おうと思っていたんです」

ロナウスの言葉に察しはついた。

「出発できることになったんだね」
「はい」

ロナウスはとても嬉しそうに告げた。本人はいつも通りだろうが喜びが滲み出ている。彼女からマイセンを説得するようしつこく言われていると話を聞いていただけに女王の元へ帰還できる事の嬉しさは想像しやすい。
当のマイセンは共にいるミハエルを宥めている様子だった。

「君達がいなくなると寂しくなるな。オランヌも話し相手がいなくなるだろう」
「先生には俺なんて暇潰しにもなりませんよ」
「マイセンを暇潰しにも使えないなんて酷い人間だね。人間なんて暇潰しにもならないつまらない生き物なのに。あれ、でもマイセンは暇潰しにはなるよね?人間だけどマイセンはマイセンだから」
「わかった、わかった。褒めてるんだかよくわからないけどありがとな」
「それではエドワルド様、我々は明後日にこちらを出発致しますので」
「ああ、道中気をつけて」

脱線するやりとりに苦笑すると早く仕度をすませてしまいたいであろうロナウスが会話を終わらせる。
応じると二人は会釈し金髪に黒衣の男はそのまま僕を横切る。
金髪の男が横切った瞬間微かな気配を感じて振り返った。
何もあるはずはない。彼女とは似ても似つかぬ男から彼女の気配を感じるわけがない。
何も言うこともなく三人の姿が見えなくなるまで佇む。消える前に金髪の男と目が合った。初めてであり、最後になるだろう。今まであの男に見られた事なんてない。マイセン以外興味がなさそうな男。

「いや……」

彼女を少なからず見ていることがあった。それは我慢をする子供のよう。同時に捕らえて離さないような視線だった。
そして今僕に向けた視線は感情が読み取れないのに強く嫌悪しているように思える。まるで呪いをかけられるのではないかと思ってしまうほど。

「まるで悪魔だな」

呟いて自嘲した。


執務室に戻るもやる気も起きず上着を脱ぎ捨て半ば定位置になっている床に倒れこむ。

「感傷、なのかな」

彼女が亡くなってから幾日も経った。何かが劇的に変わるわけでもなく、でも確実に日常に違和感を催した。

「僕のメイド長だったから当然か」

亡くなった。殺されたと知らされた時には想像していた以上に冷静だった。亡骸を見ることもしない。一使用人がいなくなっただけで特別な事はない。
でも彼女の穴は大きく、特に裏に関しては人が減ることが多くなった。

「君は一体何人分働いていたんだろうね」

仰向けから横向きになる。
数なんかではないだろう。わかっている。わかっていてもわからないふりをしなければいけない。
彼女が殺されれば僕も殺される。そう確信めいたものがあった。

「孤独は慣れているよ。生まれた時からそういうものだと思っている」

信じられるものなどない。ただ彼女と兄上だけが裏切らない、信じられる。兄上とはこの距離でないと事は成せない。兄上には憎まれるように進めてきた。そんな僕の全てを知っていたのは彼女だけ。

「ずっと一人だと思っていたよ」

それでいいのだと。
彼女がいなくなってから気がつく。一人であってもそばにいてくれる彼女がいたのだと。

「失って気づくなんて陳腐な悲劇だ」

再び仰向けになり天井を見つめる。
決して長い時ではなかった。生きてきた中で占めている時間は長くはない。だけど割合ではない。その中で彼女かしてきた事は大きく、今も僕が行く道を作っている。

「死後とか興味はないんだけどきっと僕は地獄に落ちるから君と会える」

床にいくら寝転ぼうとも誰にも咎められない。唯一咎めた彼女はいない。

「そしたら踏んでほしいな、シエラ」

自分の言葉のおかしさに笑ってしまう。夢なんて見ない。それは僕の記憶の幻影。都合のいいもの。
そんなものより彼女本人がいい。


彼女は今までの働きとは打ってかわって殺される直前は成果が見られなくなっていた。
もしかしたらこうなるようになっていたのかもしれない。
断頭台が見える。そこへ行く下準備は済んでいる。僕が退場すればいいだけ。
本当は亡骸を見ていないから死んだ実感がないんだなんて言ったら怒るだろうか。だから無意味に床に倒れこむのだろうか。


「それこそ都合のいい……」

一度目を閉じ立ち上がる。上着を羽織り椅子に腰かけた。
終わりの日までの日常を過ごしていく。



H25.7.1

彼女のいない日常の光景
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