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仕事から帰宅し荷物を置き、露葉の部屋に向かった。

「露葉?入るぞ」

軽くノックをし返答を待たずにドアを開ける。
すぐにベッドで蹲る露葉の姿が目に入った。
ベッドに腰かけると苦しいのか浅く息をしているのがわかる。首から肩にかけて痣が浮かんでいた。露葉から痛みを感じると共に痣が浮き上がる事は聞いている。対処法はなく、耐えるしかない事も。

「露葉、動かすからな」

聞こえているかはわからないが一応声をかけ、肩を掴み仰向けにさせる。苦痛に歪む顔は目を閉じていて、俺を映しはしなかった。
背と足に腕を差し込み抱き上げる。そのまま俺の部屋へと向かった。


ソファに座り露葉を膝に座らせる。首筋に顔を埋め、軽く食むと身体が微かに反応した。

「……しん、ちゃ……」

荒い息に混じって聞こえた名前を聞いて少し安心する。
後ろに倒れそうになる身体を背に手を添えて支える。やがて仰け反る身体は離れないように両腕が首に回っていた。


『苦しいけど痛いのか何なのかわからなくなる』

初めは露葉から痛みを感じた時にせがんできた。そのあと露葉がそう言ってから痛みをごまかすように抱く。その場凌ぎでしかない。でもそれがわかって露葉は受け入れた。

「……しつこいな」

居間のテーブルに置きっぱなしの露葉の携帯を確認して舌打ちをする。
露葉が使用した形跡はない。履歴なんて消せるが露葉が俺に嘘をつくなんて今の状況では考えられない。
メールや着信履歴には“湊巳”という名前が連なっている。露葉はあれから外には出ていない。だから会えるわけがなく、ひたすら連絡をしてきたのだろう。
最後の着信はつい先程だった。
携帯の電源を切りテーブルに置いた瞬間インターホンの音が響いた。嫌な予感しかせず確認すると案の定の人物が映っていた。
数回来て居留守を使った事はある。だけど今はなぜか玄関に向かっていた。

「何?」

開けた瞬間おもむろに問う。

「露葉と会わせて下さい」
「……入れ」

敬語を使ってはいても表面上だけで憤っているのがわかる。
玄関まで入れて上がらせよい佇んだ。

「露葉と関わらなければお前らは日常に戻れるだろ。今まで通りだ」
「確かにそうかもしれませんけど俺はもう露葉に出会ったんです」
「だから?あいつの痣を治す手立てでもあるのかよ」

隙を与えずに言うと言葉に詰まる。
露葉がこの三谷湊巳に惹かれていたのはわかっていた。だからこそ俺は離れていかないでくれと露葉に選択を迫るような事を言ってしまった。

「それを調べにあの村に」
「無駄だ。お前じゃ何もできない。露葉を助けられはしない。あいつはそういう血だ」
「……貴方は何なんですか」
「お前には関係ない。露葉の事もだ。話はそれだけか?」
「露葉に会わせて下さい」

しつこい事は承知の上で入れたが予想以上のしつこさに追い出そうとした瞬間、微かな物音に振り返った。

「露、葉?」

三谷湊巳にも見えたのか名を口にする。明らかにサイズの大きいシャツ一枚の露葉がまだ寝ぼけ眼で俺達を見つめた。

「こういう事だ。あいにく自分の女を男と二人きりにするほど心が広くないからな」

強調するように言ってやる。呆然と露葉を見ていた三谷湊巳は俯いて軽く首を振り微かに笑い声を漏らした。

「……ごめんな、露葉」

露葉にまで聞こえたかはわからないぐらいの小さな声で呟き三谷湊巳は出ていった。

「露葉」

扉が閉まり露葉に歩み寄る。

「伸ちゃん……」

縋るように抱きついてくる露葉の頭を撫でる。
やがて終わりは来る。その時は一緒だと互いに縛りつけるように、それを望むように寄り添う。
自分のかわりになるかもしれない贄の少女と出会った。差し出す事もできるのに、もうできない。
俺にはこの少女しかいないのだから。



H25.8.11

縋り縛られる
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