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「あれ?東月なにやってるんだ?」
「陽日先生」
放課後の見回り中に見知った姿が食堂の前にあった。
扉の横で壁に寄り掛かっていた東月はオレに気がつくと、壁から背を離して姿勢を正した。
オレより低い男がこの学園には少ない。いても一年たらずで追い越されている。
東月も例外ではなく、オレは東月を見上げるようだった。
「許可を貰って厨房を使わせてもらってるんです」
「あ、そうなのか。お前……じゃないよな」
東月の料理の上手さは食堂のおばちゃん達から聞いている。
それに練習するなら外にいるはずがない。じゃあ誰が中にいるのだろう。
「幼なじみが練習してるんですよ」
「え!?聞いてないのによく考えてた事がわかったな」
「ドアをそんな見つめて考えこんでたらわかります。それに陽日先生はわかりやすいですから」
先生なのに生徒にわかりやすいと言われるとは情けない。
琥太郎センセにも顔に出やすいとよく言われる。
「そんなに落ち込まないで下さい。褒めたんですよ?」
「どこがだ!?」
落胆して俯いてしまうとフォローするようにそんな言葉がかけられる。
勢いよく顔をあげると東月は少し驚いたようだった。
「わからないよりわかったほうがいいです」
「東月?」
授業でしか接する機会はないが面倒見のいい、穏やかな生徒だと思っていた。
だけど今はどこか淋しそうで、こちらを見る瞳はどこか違うところを見ているように思えた。
「すみません。本当に変な意味はなくて」
「今は“今”しかないからな」
「え?」
それは言った自分でもどんな意味を含んでいたかわからない。
東月への激励なのか、自分の過去の後悔なのか。
どちらにしても知らなさすぎる。
だから言葉も中途半端だ。
東月が何を悩んでいるのか、俺は何に対して後悔しているのか。
わからないから中途半端になってしまう。
「青春だな!」
気付けばそれを振り払うように大きな声を出していた。
肩を叩くと少しよろけた東月が笑った。
「明日も学校なんだから早く帰れよ」
「はい」
結局中にいる人物を確かめないまま、東月に背を向けて歩き出す。
「ありがとうございます、先生」
背に向けられた言葉に片手を軽く上げて答えた。
俺が避けてしまった“青春”を応援するように。
目を背けたまま、行き着いたこの場所は意味のないものじゃない。
せめて俺と同じような後悔をさせないように、応援したい。
自身には贈れなかったエールを。
H21.12.9
自身には贈れなかったエールを
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