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見渡すかぎりが砂浜。
目の前にはどこにも繋がらない空と海。
そんな世界に恋をした女の子と二人だけ。
「朝峰くん?」
横に座っている皐月が顔を覗きこんできた。
「“涼志”だよ」
笑みを浮かべて言うと皐月は顔を赤らめて引っ込めてしまった。
何度言っても名字で呼ぶ皐月にたまに聞こえないふりもする。
何度も呼んで恥ずかしそうにやっと名前を呼ぶ皐月はとても可愛かった。
「どうかした?」
名前の事は引きずらずに問い掛ける。
覗きこんできた顔が心配そうにしてたから気になった。
「うん……朝峰くん、ずっと自分の手を見つめてたから」
「あぁ」
合点がいったふうに返す。
物思いに耽っていた僕が何か思いつめたように見えたのだろう。
「皐月と同じぐらいの年齢を望んだのに皐月とあまり背の高さも変わらないなって思って」
皐月を安心させるように明るく言う。
それでも皐月は心配そうに瞳を揺らした。
そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「僕の言う事信じられない?」
「え、ううん!そんな事ない!ないけど……」
慌てて両手を振るけどすぐにその手は下りた。
思いつめていたわけでもごまかしたわけでもない。
でも皐月は感じ取ったのかもしれない。
「もう少ししたら皐月よりももっと背が高くなってたかもしれないけど、それはないんだよね」
できるだけ明るく言ったつもりだった。何でもない話を何でもないように語るように。
でもそれができてなかったと気付いたのは皐月に抱きしめられてからだった。
「皐月?」
泣いてしまったのかと呼びかけるとぎゅっとしがみつくように抱きしめられた。
二人だけの変わらない世界を望んだはずなのに、これが正解だったのかはわからない。
皐月に心配をかけて不安げな表情をさせてしまっているのに、そんな事を考えてしまう。
ただ恋をして、その恋の中でずっと二人でいたかっただけなのに。
「同じぐらいがいい」
「どうして?」
笑ってほしいのに意地悪な返答をしてしまう。
皐月は励まそうとしてくれてるのに。
“皐月がそう言うなら同じでいい”と言おうとして、皐月の身体が離れた。
すぐにまた近づいてきて、皐月の唇が唇に触れた。
「立ってても私からこういうふうにできるし」
恥ずかしそうにしながらも目を逸らさないで言ってくれる皐月は可愛かった。
そして嬉しかった。
「じゃあ、立とうよ」
「えっ!?」
立ち上がり、皐月の腕を軽く持ち上げると皐月も立ち上がった。
皐月にはあったはずの未来。これからきっともっと可愛くなったろうし、綺麗にもなったろう。
でもこの世界ではそれはありえない。
後悔しそうになる。
これでよかったのかと。
「涼志くん」
隣に立つ皐月が笑いかけてくれる。
滅多に呼ばない名前が心地よくて、その変化が嬉しかった。
だからまだ望んでしまう。
恋をした女の子とこの世界で二人だけでいたい、と。
「……綺麗だね」
皐月は目の前に広がる海を眺めていた。
飽きるほど見ている景色をはじめて見たように呟く。
いつもとは違う大人びた皐月。
「いつか終わりがくるとしても私は涼志くんとずっと一緒にいたい。それは変わらないから」
この世界は僕達二人が望んだ世界。
芽生えた不安が消える事はないけど、安心もした。
繋ぎあった手は望むかぎりずっと繋がれるのだから。
恋に囚われ、夢の世界で生きて、愛に変わった時に終わりを迎える時までずっと。
H22.6.13
恋獄の夢の終わりまで
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