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「暑くないのか?」
「暑いですね」

走り通しでは疲労してしまうため前が見え辛い森の中は歩いていた。
先を歩いていた千鬼丸が振り向きながら声をかけてくる。

「千鬼丸は暑くはありませんか?疲れたりしたら言って下さい」
「お前は本当自分の事は二の次だな」
「私の事ですか?」

千鬼丸が立ち止まり身体をこちらに向ける。
どこか怒っているようにも見えて何かしてしまったか考える。

「私が何かしてしまったのなら言って下さい」

しかし思い当たらず千鬼丸に問う。怒らせてしまったのなら謝りたいし、改善できる事ならば改善したい。
すると千鬼丸は呆れたように思い切り息を吐いた。

「何もしてないからそんな顔をするな。強いて言うなら何も言ってくれないから困ってる」
「困る?私はどうしたら千鬼丸を困らせずに済むのでしょう……」

顔を俯かせ改善策を考える。でも原因が私には不明瞭だった。何も言わないとはどういうことだろう。

「休憩だ。行くぞ」
「は、はい」

すると手を掴まれ目的の方向からは逸れた方向に向かった。


千鬼丸に連れられ川へ来ると裸足になり川に浸けろと言われた。
言われた通りに手頃な石に座り、足に纏う物を脱ぎ裸足になると川に浸からせた。

「冷たいですね」

浸らせた足から身体が冷えていく気がした。気温も高く、過ごしにくい状態だっただけに自然と笑みが浮かぶ。

「よかったな」
「はい、ありがとうございます」
「何でお礼なんて言うんだよ」
「千鬼丸が連れてきてくれましたから」
「そ、そうかっ」

千鬼丸は川に足だけ入っていた。
そんな千鬼丸に顔を向けるとすぐに逸らされてしまう。それが照れているのだとわかって私も照れてしまい俯いた。

「……何でお前も照れる」
「千鬼丸のが移ったんです」
「オレは照れてなんか……!」

俯いたまま返す。川は透明で魚が泳いでるのが見えて夕御飯の事をぼんやり考える。
穏やかな水面が波打ち、近寄る水音に気づき顔を上げた。

「っ!?……冷たいです」
「冷やしてやったんだよ」

顔を上げた瞬間に冷たいものがかけられ反射的に目を閉じた。
すぐに目を開けると悪戯が成功したように笑う千鬼丸がそばにいた。

「ありがとうございます。お返しです」
「うわっ!そこは顔じゃねぇ!」

足で水を蹴りあげると千鬼丸に水がかかる。服に水が染み込み予想よりもかけてしまったことがわかった。

「すみませ……っ」

謝罪しようとすると今度は胸元に水がかけられた。
千鬼丸は反撃を受けないようにか私から離れていく。

「ここまでやられては私も引き下がれません」

私も石から降り、川に足を進ませ千鬼丸を追いかける。

「お前目が怖いぞ!」
「気のせいです」

手に水を掬い千鬼丸にかける。でも避けられてしまう。
千鬼丸も私に水をかけようとしたけど避けた。足を蹴りあげ水しぶきをあげて隙をついて手にした水をかける。


しばらく続けると纏う衣服は滴るほどではないが濡れてしまった。

「涼んだんだかよくわからなくなったな」
「でも楽しかったです」
「そうか。オレも楽しかった。八瀬の里でももっとこうやって過ごしたかったな」

岸に上がり、絞れる分は絞ろうと袂を握る。
千鬼丸を見ると八瀬の里を思い浮かべるように川の向こうを眺めていた。

「過ごせますよ。これから皆役目がありますがそれだけではありません。きっとまた皆で過ごせる日が来ます」
「そうだな」

千鬼丸は私を見て同意するように頷いてくれた。

「雪奈ももっと言ってくれ。やりたい事とかさ」
「私は千鬼丸とこうしていられるだけでいいです」
「だからどうしてお前は……」

千鬼丸が微かに視線を逸らす。

「暑い時は暑いといえばいいのですか?」
「あぁ、雪奈は無理しそうだからな。必ずしも叶えてはやれないけどできることはやりたいし」

千鬼丸の優しさを嬉しく感じる。
それを伝えたくて千鬼丸の片手を両手で取った。
戸惑うように私を見つめる千鬼丸に笑む。

「では千鬼丸も言って下さい。互いが互いのためにと思えば無理はしなくなります。私も貴方に無理はさせたくありませんから」
「わかった」

告げられると同時に取った手が強く握られる。
手を引かれ顔が近づく。頬に指先が触れ、目を閉じると唇に千鬼丸の温もりが触れた。



H24.7.31

水と温もり
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