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気付けば古手神社の境内に佇んでいた。
辺りはどこか朧げで靄がかかっているよう。
ただはっきりと見えるのは賽銭箱の周辺だけだった。

「俺、いつ古手神社に来たんだっけ?」

頭を掻きながら前後の記憶を確認する。服装は制服だから学校帰り?
いや、違う。学校へ行ったのは覚えているが帰った記憶がない。

「ようこそ、圭一」

いつのまにか。本当に一瞬目を逸らしただけなはずなのに賽銭箱の前には誰かがいた。

「ボクの事忘れてしまいましたか?」

巫女服を着ている少女は少し顔を傾け笑いかけてくる。
その少女には見覚えがあった。

「羽入?」
「はい。覚えていてくれて嬉しいのです」

忘れるわけがない。
梨花ちゃんが必死になって探し、頼りにしていた存在。そして目の前で消えていった。

「圭一と話しがしたくて呼びました」
「俺と?」
「これは夢です」

納得がいった。
現実の俺は教室で寝こけているだろう。

「圭一がボクの事を知っているからボクはこの姿で現れる事ができました」
「なら梨花ちゃんにも……」

会ってやってくれよと言う前に羽入に拒否された気がして言葉が続かなかった。寂しい表情に傷つけてしまった気さえしてくる。

「ボクはずっと梨花と一緒にいました。いわば親がわりです」

先程の表情とは打ってかわり、胸を張って言う。
外見は年下だから親という発言との違和感に笑ってしまった。

「それでいいのです」
「え?」

外見には合わない大人びた微笑みを見せて驚く。
すぐににっこりと笑むと羽入は言葉を続けた。

「梨花をよろしくお願いしますと伝えたかったのです。梨花は58年6月の雛見沢を抜けるために何度も繰り返しました。年数で言えばもう死んでもおかしくはありません」

それは梨花ちゃんからも教えられていた事だった。
繰り返す世界には俺が雛見沢に越してこない世界もあったらしい。
年数でいえば俺よりも生きている事になる、とも。

「ですが梨花が大人かといえば違います。繰り返すだけなのですから身体的にも精神的にも成長はしません。釣り合いがとれてなければ人とは違うものになってしまいますから」

梨花ちゃんはどこから見ても小さな女の子だ。だからこそ一人では死の運命には抗えなかった。
非力が悪い事かといえば違う。それは梨花ちゃんを見ていればわかる。
彼女は特別な力もない普通の少女だ。ただ繰り返した世界の記憶を引き継いでいるだけ。

「梨花はこれから一人で生きていきます。でも梨花も圭一も選んだから二人です」
「へっ?」
「オヤシロサマはお見通しなのですよ」

わかりやすい反応をしてしまったかと思ったがそんな反応見ずともお見通しだったようだ。
俺は梨花ちゃんが好きだし、梨花ちゃんも俺が好きだと言ってくれた。

「よろしくと言われなくても梨花ちゃんから離れるつもりはないからな」

開き直ったように笑いかけると羽入は嬉しそうに頷いた。

「梨花は普通の女の子なのですからちゃんと丁重に扱ってください」

ああと頷いてからふと疑問に思った事を口にしてみた。

「もしかして“普通”じゃない部分ってあるのか?」
「繰り返す世界の中でそれまでを生きていた“梨花”がいます。記憶を引き継ぐ際に現在の梨花と混じりあわないものが観察者となるのです」
「なんかいまいちピンとこないな」
「世界のカケラを見る者です。これは人には見る事はできません」
「梨花ちゃんも?」
「梨花は世界のカケラの断片を知ってはいますが、梨花の知らない情報を含むものは見れません」

実はボクにもよくわからないのですよなんて言いながらごまかされた気がする。
俺が知っても仕方のない事か。俺は一つの世界でしか生きられないのだから。他の世界の断片を知ってはいてもそれは夢のように朧げだ。

「梨花を見守って下さい」
「もちろん」

自分の代わりにとは言わなかったが、そう言ったように感じた。

「ありがとう、圭一」

唯一はっきりと見えていた羽入とその周りに靄がかかっていく。
夢から覚める合図。

「また話せるよな!梨花ちゃんの近況報告とかするからさ!」

返事はなく、視界は白い靄に覆われ意識も失われた。


「……ん」

薄目を開けると自分が教室の机に突っ伏して寝ていた事がすぐにわかった。
教室は橙に染まっていて、顔を上げると目の前の女の子も橙に綺麗に染まっていた。
机に腰をかけ、窓から外を眺めている女の子。
俺が雛見沢を訪れてから一年が過ぎて互いに身長が少しだけ伸びた。でもまだ幼い少女。
そのはずなのに外を眺める横顔はどこか大人びていた。可愛いというよりは綺麗という言葉が合う。
俺は変わらないだろうに梨花ちゃんは一年でふとした瞬間にこんな大人びてしまうのか。

「圭一?な、なんで起きてるのよ」

視線に気付いたのか窓に向けていた顔をこちらに向けた。
夕日に染まった顔だとわかりづらいけど少し頬が赤くなってるんだろう。

「起こしてくれてよかったのに」

固まった身体をほぐすように伸びをする。
梨花ちゃんは不満そうな表情を見せて再び窓に顔を向けた。いつもの梨花ちゃんだ。
何を思って外を眺めていたのか俺には想像がつかない。でも色んな表情をする梨花ちゃんを見れる事が、そばにいれる事が嬉しかった。

「梨花ちゃん」
「何ですか?」
「これからもよろしくな」

不満そうな表情もすぐに笑顔に変わった。



H22.4.12

古手神社での邂逅
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