novel top ▲
通学路を一人歩く彼女を見るのは不思議な感覚だった。
長い髪を短く切った時にも驚いたけれど、学校へ通いはじめたのは今回のループで初めてだ。
頑なに人と接するのを拒んでいた彼女が、人と接しなければいけない学校へと通う。そしてどうやら科学部というところへ入ったらしい。
もしかしたら今回でこの短くも長い一年のループは終わるのかもしれない。彼女は明日を望めるかもしれない。
些細なきっかけで始まってしまったループの代償は大きく、彼女に明日をもたらす事はなくなってしまった。
本当は明日を拒む理由など彼女にはなかったはずなのに。
「何だか……」
寂しいねと口にはできなかった。
ただ彼女が迎えるであろう明日を、無事に迎える事を願う事しか……。
やがて奇妙な事態が起きた。
彼女が明日を拒んだ事により1日を繰り返す。
記憶を失った彼女の居場所である科学部がなくなってしまう前日を繰り返していく。
数回のループを過ごし、久しぶりに彼女に接触をしてみる事にした。
「……私を知っているんですか?」
「知らないかもしれない」
いつものように学校へ向かう途中で声を掛けると彼女は少し脅えながらもしっかり受け答えをした。
学校に通わない時はまともに話すのに少し時間がかかった。学校へ通う事により変化があったのだろう。
「知らないならなぜ声をかけたんですか?」
「少し話をしたかったんだ」
「話、ですか?」
脅えて強張らせていた身を少しだけ緩めて胸に抱えていた鞄を下ろす。警戒は解いてくれたようだった。
「今は楽しいかい?」
「え?その……楽しいです」
「ならいいんだ」
そう言うと彼女に背を向けた。
彼女が望むならそれでいい。これは僕が望んだ明日の来ない世界でもある。
でもどれぐらいだっただろう。またループは一年前の起点へ戻っていた。
彼女が何らかの形で明日を望んだ。タワーを通じてそれが科学部の誰かのために明日を迎えたいと願ったのだとわかった。
不思議だった。
もう彼女に記憶は戻らない。彼女は毎回起点に戻る度に記憶のない自分に苦しむ。そんな自分の居場所となった科学部がなくなるというのにどうして明日が望めたのだろう。
ツリーを介して彼女が誰かの明日を、その明日を共に生きる事を望んだのだとわかる。
彼女は自身の明日を望んだわけではなく、ツリーはまたループを続ける。
7月29日のループが永遠に続く事はなかった。
明日を生きようとする彼女や彼らを僕はずっと見守ってきた。
その積み重ねがやがてループの終わりを迎えるであろう事を悟った。そして不思議とそれが喜びとなった。
僕も積み重ねてきたのだろうか。明日を拒絶した僕が明日を迎える彼女と彼らを喜ばしく思い、できれば僕も……。
「綿森さん?」
「何?」
飲食店で向かい合って座っている彼女はクリームのついたフォークを手にしながら僕を見つめていた。
時間を気にせずに話す時は彼女に笑顔はなかった。でも今は違う。
明日を迎える方法を模索している途中、彼女はよく笑った。
「そんなに見られるとその……」
俯きながら皿に載るケーキをフォークでつつく。
嫌がっている様子もなくそれがまた嬉しくて見つめ続けた。
ちらりとこちらを見る瞳に笑いかけるとまた俯いてしまう。
「……食べ過ぎでしょうか」
「え?」
どうやら少し誤解させてしまったようだった。
彼女が食べているケーキが何個目かはわからない。でも結構な量を食べているのは確かだ。
甘いものが好きで、好きなものを最終的に砂糖を答えた彼女が好きだった。
だからいくつ食べたなど気にしてはいないのだけど彼女は僕が気にして見ていると誤解させたしまったようだ。
「これで最後にします……」
「まだ食べたいなら食べたらいい」
「でも……」
「何なら僕が食べさせるよ?」
「っ!?」
僕の言葉に彼女は驚いて顔を上げると顔を小刻みに左右に振らせた。
「は、恥ずかしいですからっ……」
「嫌じゃないならよかった」
「っ……」
また俯いて黙々と食べ出してしまう。少し照れているのか顔が赤らんでいるように見えた。
彼女が食べ終わる前に彼女が特に好きそうなケーキを注文する。食べ終わる頃にはケーキが運ばれた。
「綿森さんが食べるんですか?」
「だから食べさせたいんだ」
「ほ、本気だったんですか!?」
フォークに一口に切ったケーキを載せて彼女に差し出す。
彼女はしばし戸惑ってから口を開いた。
「美味しい?」
「はい……とっても」
笑う彼女を見ていると明日はきっといい日だろうと思える。
たとえこのループが終わり、僕はいなくなっても。
彼女と共にしばしの時を過ごす。それは確かな一歩の日々。
H22.10.12
彼女と共にしばしの時を過ごす
prevU
next