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「ご苦労様、七海」
「……」

男が床に倒れ声をかける。
古い家屋の光もろくに入らない一室で仕事を終えた。もうどれくらいこうして過ごしているだろう。

「七海、お腹空かない?」
「……」

最初こそ言葉を口にし反応を見せていた。でも次第に口数はなくなり反応も薄くなった。

「飽きさせたいのかな?」

含み笑いをしいじめるように言うと身体が後ろから見ているだけで強張るのがわかる。
唯一反応するのは飽きて捨てるということ。どんな扱いを受けようと嫌がりもしなくなった。

「捨てないよ。キミがオレから離れるには記憶を消すしかないって言っただろう?」

近寄り後ろから片手に触れる。能力が使えるように。彼女は緩く首を横に振る。拒むように、怖がるように。

「自分の記憶も消せたら良かったのにね。そうしたら本当に人形になれたのに」

首を横に振り続ける。目隠しをし、服装も着飾らせ、ずっと行動を共にして、仕事をしない時はオレを楽しませる玩具。意思はもうないようなのにオレにだけ反応を示す。

「っ……」
「どうしたの?」

息をのんだのがわかりわざとらしく訊く。
膝丈のスカートの裾を上げていき指先で足の付け根をなぞる。

「やっ……」
「何が嫌なの?オレにもされたしオレ以外にもされたことだよ。新しいことなんて何もない。いつもしてることだよ」

行為を拒むのは久しぶりだった。オレに対しては初めてかもしれない。

「もしかして外だから?大丈夫だよ、一応屋内だしこんなところ誰もこない」
「でも、ひとが」

身体をまさぐりながら言うと声を抑えながら言う。

「人?それこそ今更だよね」
「で、も……んっ」
「七海が静かにしてればいいことだよ。簡単なことだろう?」

たまにオレはオレなのかと思う時がある。今までならやらないこと、言わないことを七海と過ごして数多くやっている。自発的にやろうなんて思わなかった。ただ流れていただけ。何も感じはしない是非の概念もない。

「ロン……」
「なに?」
「笑って、る?」

見えていないしどのみちこの体勢では見えたところでわからないだろう。何も言わないのに七海はオレが笑っているとわかった。何も感じないオレが感じた瞬間を覚ったように。

「どうだろうね。七海が飽きさせなければ笑うかもしれない」
「……うん、ロンの言う通りにするから…捨てないで」

胸に触れている手に手が重ねられる。振り払うことはせずに続けた。
能力を奪う方法は知っている。でもまだ奪わない。

「辛そうだね」
「辛く、ない」

目隠しをしていても後ろからただ見ているだけでもわかる。能力を使うことに対して微かに躊躇し、辛そうにしているのを。無自覚なのかもしれない。
自身の生い立ちにすらもはや興味も何もないのに、七海を縛るものに興味がある。

「七海」
「……なに?」

今度はオレの方から呼び掛ける。
経験したことがないからわからないけれど嫉妬というのかもしれない。

「ずっと握っていてよ。これから先、ずっと」
「うん……」

そう言うと小さな手に力がこもる。
首筋に唇を寄せる。声が聞けないのは残念だけど、抑える声と律儀に自分の身体を這うオレの手を追い続ける手が可愛らしかった。

いつか彼女が自分の意思で握った手から能力を奪い、彼女の記憶も奪うだろう。そして完全にオレの人形になる。
駄目だよ、七海。オレに見せてくれなきゃ。キミの意思を。だからキミはオレに呑まれてしまった。だからオレは執着してしまった。
それが良いのか悪いのかはわからないけれど今は彼女が腕の中にいてオレを求めていればそれでいい。



H25.7.3

夢中
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