novel top

「いろは、またミューズの作ってきてくれたお菓子ばかり食べて……わたくしまだ食べてなかったのに」
「皿に載っていたので食べてもいいものだと判断しました」
「だからといって限度というものがあるでしょう!?」

百歳さんに招かれたお茶会にお茶菓子にとマカロンを作っていくといつの間にかなくなっていた。
ここには百歳さん、いろはさん、私の三人だけで百歳さんと私が食べていないならいろはさんということになる。何より前にも同じようにいろはさんが全て食べてしまっていた。

「お、落ち着いて下さい。また作ってきますから」
「本当ですの?またわたくしと一緒にお茶をしてくださるのね!」

毛を逆立てる勢いでいろはさんに向かっていた百歳さんは笑顔になり私の両手を取った。
むしろ招いてもらっているのにこんなに嬉しそうに言われると照れてしまう。

「……また、作る」
「いろは!貴方は次はおあずけです。ミューズとわたくしの二人だけでお茶をしましょうね」
「え?」

どう反応していいか戸惑いいろはさんに視線を向けると無言で空になった皿を見つめていた。


数日後、百歳さんにお茶に誘われお茶菓子を作りに調理室へ向かった。

「いろはさん?」

調理室の前に佇む見知った姿に呼び掛けるとこちらを向いた。

「作るのか」
「え?はい。よくわかりましたね」

一瞬何のことかわからずに反応が遅れる。でもすぐにお菓子のことだと気がつき頷いた。

「私も入っていいか」
「構いませんよ。何か用事があるんですか?」

私に了解を得るのに疑問を持ちながら、断る理由があるはずもなく了承する。
調理室の扉に手をかけ開けた。

「君を待っていた」

同時にいろはさんが目的を口にした。


いろはさんは調理室に入ったあとは無言で少し離れて佇んでいた。
背中に視線を感じながらクッキーの生地を作り、オーブンに入れる。

「いろはさん」
「何だ」
「あの、焼き上がるまで時間がかかるのでお茶にしませんか?」

無表情のまま見つめられ思わず視線を逸らしてしまう。
用意ができたカップを見つめ、顔を上げた。

「温かいミルクティーを淹れたので……よかったら」
「ミルクティー……」

呟くとこちらに近づいてきてくれて安心する。
私が座ると向かいにいろはさんが座ってくれた。

「甘いものがお好きみたいなので飲み物も甘くしてみました」
「甘味は効率が……」

途切れた言葉に首を傾げるも冷めてしまってはと思い聞きはしなかった。

「温かい内に飲んで下さい」

カップを持ち口をつける。私も同じように口をつけるも気になって飲むふりをしていろはさんに視線を向けた。

「……」

カップが離れる気配がなくもしかして口に合わなくてまずさのあまり固まってしまったのではないかと焦り考えてしまう。
するとカップが置かれた。

「……もう飲まれたんですか?」
「甘い」

置かれたカップには何も入っておらず思わず訊いてしまうといろはさんが呟いた。私の物より甘めにしたけど気に入ってくれたのだろうか。

「……笑った」
「え?あ……全部飲んでもらえたのが嬉しくて」

嬉しさが表情に出てしまったらしく誤解されないように伝える。伝えると気恥ずかしくて俯いてカップの中を見つめた。

「私が全て飲むと嬉しいのか?」
「はい、美味しくて飲みほしてくれたのかなって、その……」
「君が作るもの、淹れるものは甘くて美味しい」
「あ、ありがとうございます」

直球に淡々と伝えられ戸惑いながらもやはり嬉しかった。

「もう一杯いかがですか?まだ焼き上がるまでもう少しありますから」

立ち上がって訊くとカップを差し出され、受け取った。


用意した瓶にクッキーを詰め包装していく。3つある瓶に青、桃、白のリボンを結ぶ。私の分まで包装する必要はないけど剥き出しで百歳さんとのお茶会に持ってくのも憚られ包んだ。
再び私から少し離れて佇んでいたいろはさんに近づいていく。

「いろはさん、よければ貰って下さい」
「私の、分か?」

青いリボンの瓶をいろはさんに差し出すといろはさんは少し驚いているようだった。

「はい、持っていこうと思ってたんです」
「私がここにいなくてもか?」
「はい」

いろはさんの手が瓶に伸び一瞬止まり、受け取ってくれた。

「それでは行きましょう」

調理室の照明を消し廊下に出てから思いだし問いかけた。

「いろはさん、私を待っていてくれたんですよね?何か用事があったんじゃ……」

調理室の前にいたいろはさんが私を待っていたと言っていたけど特に用件は告げられず、いろはさんは待っていた。私が作り終わるまで待っていてくれたのかもしれない。

「私の用件は終わった。これは貰っていく」

後ろにいたいろはさんが私を追い越し歩いて行ってしまう。

「用件って……もしかしてお菓子?」

まさかそんなわけがないと思っても、他に思いあたることがなくて笑みが浮かぶ。
真っ直ぐ歩き去っていく背中を私は嬉しく感じながら見つめた。



H24.12.15

用件
prevUnext