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「いろは、探しましたのよ」

学園の廊下を歩いていると百歳に呼び止められた。
泉姫候補と茶会だったはずだがもう終わったのだろうか。

「何かありましたか」
「明日から二日ほど用事で学園を空けます」
「そうですか。私は同行しなくて平気ですか?」
「戦闘になるような事はないでしょうから大丈夫ですわ。ですからっ」

勢いよく腕が伸ばされ人差し指で刺される。

「わたくしがいなくても自分の身の回りはしっかりすること!」
「理解を越えました」
「逃げ口上にするなんて……いいですか、服は毎日着替えて、髪もとかす。床にではなく……これはわたくしがいてもいなくても聞かないでしょうね」

腕が下げられなぜかため息を吐かれる。

「それだけでしょうか」
「いいえ、一番大事な事があります。みことさんの事ですわ」
「泉姫候補が何か?」
「貴方の態度は誤解を招きやすいのですからみことさんにもう少し優しく接しなさい。いいこと?」
「理解を越えました」

先程と同じ言葉でも意味合いが違う。今のは本当に百歳の言葉が理解できなかった。
泉姫候補は泉姫候補として扱う。襲われれば守りもする。それ以外どう接しろというのか。

「……わかりましたわ。でもみことさんからクッキーをいただいたのですからそれ相応の態度で接することができる事を願ってますわ。貴方のためにも」

そう言って百歳は背を向け去った。
昼間泉姫候補が作った菓子を貰った。大方茶会の席で百歳は聞いたのだろう。
なぜ私は泉姫候補の菓子を貰いに訪ねたのか。理解ができない。貰った瓶は今も服の中にあった。


甘い香りがした。
暖かい日差しを感じ夜が明けたのがわかってもまだ目を開けなかった。
甘い香り。一昨日泉姫候補から貰った菓子のものだろう。まだ半分残していて手にしたまま眠りについた記憶がある。

「……い……はさ……」

うっすらと聞こえるこの声も甘い香りが聞かせる幻聴だろうか。
気配すらも感じさせる。夢か現かもわからず手を伸ばし、触れたものを引き寄せた。

「きゃっ」

その声に目を開けた。

「いろはさん、起きましたか?」
「現実か」
「え?」

床に身体を横たえる私に抱き寄せられ泉姫候補が身体に乗っていた。
甘い香りは菓子からではなく彼女からのもので、今も強く香りを放つ。だが不快なものではない。それどころか気を抜けば顔を寄せたくなる。

「重いですよねっ。あの、離してもらえますか?」

言われた通りに離すと直ぐ様泉姫候補は立ち上がり身を整えると手を差し出してきた。

「いろはさんも起きましょう?」

必要ないと告げようとするもその手を取り、上半身を起こした。

「なぜ君がここにいる?」
「百歳さんから二日後に様子を見に行ってほしいと頼まれまして……勝手に入ってすみません」

手が離れ謝罪される。
立ち上がり頭を下げ続ける泉姫候補を見つめた。

「いい。百歳から私の返事がなくても入るよう言われていたんだろう」
「はい」
「用件は済んだだろう。顔を上げろ」

泉姫候補が顔を上げて一瞬目が合うが逸らされ俯く。
何かに気づいたのか口を開いた。

「それ、私が作ったクッキーですか?」
「そうだ」

返答すると勢いよく顔を向けられる。驚いているようだが何に驚いているのかがわからない。

「湿気ってしまうのでできるだけ早めに食べていただいた方が……口に合いませんでしたか?」
「甘く、味に問題はない」
「良かった」

安心したように笑みを浮かべる。何に安心し彼女は笑みを浮かべたのかわからない。

「いろはさんがよければまた作って持ってくるので言って下さい」
「そうか」
「いろはさん?」

泉姫候補の言葉に瓶を開けてクッキーを一つ口に入れた。
ここ二日は少しずつしか食べていなかったのに、今は空にしてしまってもいいと感じた。

「ふふ……美味しいですか?」
「甘い」

泉姫候補が笑う部屋で彼女が作ったクッキーをなくなるまで食べ続けた。



H25.2.24

クッキー
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