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「何をしている」

牢への扉を開ける事に気をとられていたのか泉姫候補は声をかけるまで私に気がつかなかった。

「い、いろはさ……っ」

振り返る泉姫候補の口を塞ぎ半ば引き摺るようにその場から離れた。
離れようと足掻くが男の私に太刀打ちできるはずがなく、廊下を進む。
自分の部屋の扉を開き、泉姫候補と共に入った。

「騒ぐな。騒がなければ手荒にはしない」

扉を閉め告げると顔が小刻みに縦に振られたのを確認し手を離した。

「あそこへは近づくなと言ったはずだ」

私の言葉に怯えを見せ俯く。だがすぐに顔を上げた。

「蛟さんは犯人ではありません」
「それは君が決めることではない」
「なら誰か一緒にいるとかはできないんですか?もしまたうつろひが学園に現れた時に蛟さんが犯人ではないと証明を」
「君が一緒にいるとでも言う気か」

言葉を遮ると泉姫候補は驚いたような表情を見せ顔を逸らした。
蛟が犯人かなどもはやどうでもいい。

「君が蛟の牢に出向いたのはパートナーとしてではない」
「それは……」
「本来泉姫候補と華詠には必要のない感情を持ち、行ったのだろう」
「……どうして」

顔をこちらに向け呟く。表情には悲しみが浮かんでいた。

「蛟さんとはそういった関係ではありません。……望んでもいません。泉姫候補としてしっかりやります。だから」
「ならば私に黙って牢に行ったのはどう説明する」
「前に行く事を禁じられたので……」

然程空いていない隙間を埋めるように一歩歩み寄ると、一歩後ずさる。

「行動が全てを示す。君は私を出し抜いて蛟に会いに行った。それが全てだ」
「いろはさ……っ」

近づいていないのに後ずさり、床に散乱する本に足元を取られ転倒した。
困惑した瞳に見上げられる。

「蛟をあの牢から出したければ今から告げる条件をのめ。できなければこのままだ」


放課後の調査のあと、廊下を歩いていると姫空木と共にこちらへやってくる蛟が目に入った。
距離は近くなるが二人は声は出さずに頭を下げ行き交い去った。
振り返らなく共蛟の片目が私が手を引く泉姫候補を見ているのがわかる。
構わずに自身の部屋に向かい扉を開けた。

「着いた」
「外してもいいですか?」
「構わない」

扉を閉め、泉姫候補の手を離すとつけられた目隠しの布を取った。

蛟を牢から出す条件として疑いが晴れるまで蛟は姫空木と行動を共にすること、蛟と泉姫候補は一切接触をしないこと。そして泉姫候補は蛟の疑いが晴れるまで私の部屋で生活し、部屋を出る際は華伐以外は目隠しをすることを提じた。
躊躇しながらも泉姫候補は条件に従い、泉姫候補の意志だと話せば蛟も従った。


「片付けたのか」
「はい。あのままではやはり足場に困るので」
「そうか」
「あの……まだうつろひの件は」
「進展はない」
「そうですか……」

向き直り落胆した様子の泉姫候補の腕を掴んだ。

「必要のないものだと言ったはずだ。捨てろ」
「……できません」

何をとは聞かずに真っ直ぐこちらを見て告げる。

「君は今は私のパートナーのはずだ。尚更他の華詠への感情など必要ない」
「……必要のない感情ってあるんでしょうか」
「君は泉姫候補だ」
「いろはさんは私を名前で呼んでくれないんですね」
「必要ない」
「そう、ですね」

俯く泉姫候補の手を離し背を向けた。
これ以上何か言えば瞳から涙が流れる。だから何も言うことはできなかった。


「今日は月見会なんですよね。いろはさんは行かれないんですか?」
「なぜ君が知っている」

数日相変わらず進展のない日々が続いた。

「理事長がいろはさんが戻る前にここへ来たんです」
「そうか。強制ではないから私は行かない」

そう言った瞬間部屋の明かりが消えた。

「明かりが……」
「動くな」

目が暗闇になれ、月明かりで部屋の中が見える。差し込む光は次第に赤く染まっていった。

「……きたか」

窓の外を確かめると赤い月に黒い無数の蝶が舞うのが見える。
泉姫候補も窓へと近づき確認する。

「うつろひが……いろはさん!」
「これで犯人が蛟でなければ君は行くのか」
「え?」

両肩に手を置き、引き寄せる。

「いろはさん、どうしたんですか!?闘わないと……こちらにうつろひが」
「違えたツキだ。もう遅い」
「っ……!?いろはさんっ」

泉姫候補の身体を窓の横の壁に押し付け窓が見えないようにする。
離れようと暴れるが離れられるわけがなく距離を詰める。

「望月が泣いていたから……私は」

私を怯えた瞳で見つめる。彼女の瞳に望月が見える。今は私だけ見れる。望月も今は私だけしか見れない。

「違えたツキでしか会えないならひとつになり共に死のう」
「いろはさん!?やめて下さ……ふっ」

泉姫候補の唇に自身の唇を重ねる。甘い香りが漂い続ける部屋で過ごした数日。やっと埋もれることができる。

「あまい」
「はっ……いろ、はさ」

食むように貪り、奪うように舌を絡ませる。腰を抱き引き寄せる。
熱に浮かされたような感覚で纏う布を容易く破り、声を遮るように唇で塞ぐ。涙は止めどなく流れ、潤む望月が歪む。

『……必要のない感情ってあるんでしょうか』

泉姫候補の言葉が過る。必要のない感情とは何なのか今の私にはわからない。彼女を求める感情は何なのか。

「……みこと」

一言口にすると彼女の瞳が見開かれる。

「いろはさ、ん……」

理解できない。たかが名なのに口にしただけで、口にされるだけで浮かぶ感情。
黒い蝶が窓を破り硝子が散った。



H25.5.14

理解できない感情
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