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「ここは?」
意識を失ったという自覚はなく突然の目覚め。たまに見る夢の不思議な空間。ただいつもより周りが明るかった。
「いつもは夜みたいな風景なのに」
呟いて見回す。前なら不思議な声が聞こえてきた。泉姫覚醒の時以来聞こえることがなくなってしまった声。
「みこと」
「え……」
前は空間から降ってくるようだったから反応に遅れてしまった。声が聞こえた方向には巨木。戸惑いながら足を進める。
「また逢えたね、みこと」
そう言うと小さな男の子が顔を出した。
「貴方が、ずっと私に話し掛けてくれていたの?」
男の子は笑みを浮かべて巨木に隠した体も出し前に出る。
どこか誰かに似た面影。誰か、ではなく私は確かに誰かがわかっていた。でもそんなわけがないと否定する。
「座ろう、みこと」
「は、はい」
ついそう返事をしてしまう。男の子が指した方向を振り返るといつの間にかベンチが現れていた。
男の子が私に近づき手を取ってベンチに座る。
「みこととこうしてお隣同士で座ってみたかったんだ」
横に座る男の子は地につかない足を嬉しそうに揺らす。
「デートみたいだね」
「で、でーと!?」
男の子の発言に驚いて声が裏返ってしまう。自分で自分の声に驚いてしまったのは勿論、男の子も驚いたようだった。謝ろうとすると先に笑い出されてしまう。
恥ずかしくて俯いた。でも楽しそうな笑い声に嫌な気持ちはなかった。安心のできる声。
「ごめん、怒った?」
「いいえ、私が驚かせてしまったので」
横にいる男の子に視線を向けながら言うと男の子は首を傾げた。
「どうしてそんな話し方をするの?」
「あ……」
無意識だった。男の子はある人の面影があって、その人に対する口調になってしまう。
「みこと、これは夢だよ。夢は夢でも本来ならあってはならない夢。僕が見せた願望、希望……欲望」
柔らかい表情が研ぎ澄まされて幼い容姿なのに幼さを感じず固まる。
すぐに柔らかい笑みを浮かべられ、体から力が抜けた。
「君が今見ている姿は真実かもしれないし偽りかもしれない。夢での形なんてそんなものだよ。だから」
膝の上に置いた手が握られ体の距離が縮まる。
「今までみたいに話してほしいな」
「貴方は……私に逢いに来てくれたの?」
「そうだよ。僕はずっと、ずっと、君だけ見てる」
私を見つめる瞳を見つめる。やっと真っ直ぐ見られた。やはりその瞳には望月があった。
瞳を閉じられ望月も見えなくなる。
「具合悪い?」
「ううん、みことに触れたかった。みことは甘いね。とても甘い」
寄りかかられ体調が悪いのかと心配になる。
男の子は確かめるように私の手を何度も握った。
その言葉の意味はわからなかった。でも何か男の子にあげたくてポケットをまさぐる。
「あ」
「みこと?」
「金平糖好き?」
「あるの?」
「うん、はい」
ポケットに入っていた袋から金平糖を摘まみ男の子に指し出す。しばし見つめ口が寄せられた。
「っ!?」
「……あまい」
手に渡すはずがまさかそのまま食べるとは思わず、更に指先をなめられ驚く。
「ありがとう、みこと」
「……喜んでもらえたならよかった」
視界が霞み出す。男の子は夢だと言った。私も夢だとわかっている。だからこれは目覚める合図。
でもまだ目覚めたくないように手を握りしめる。男の子は握り返してはこなかった。
「さようなら、みこと」
最後には姿も見えず手の感触だけになり声が聞こえると暗転した。
「っ……ここは?」
見慣れない天井。
呆然としていると下から物音がし、すぐに視界にある人が映る。
「君はこんなところで何をしている」
「……いろはさんを起こすよう頼まれて」
「私は起床した」
「そうだ……ですね」
先程までの口調が残り慌てて直す。先程?
「百歳に頼まれたならすぐに向かう。君も先に行っていろ」
「わかりました。あ、ベッド勝手に使ってすみません!」
まだぼんやりする頭で体を起こすといろはさんの部屋のベッドだとやっと認識できた。
慌てて立ち上がるといろはさんの手が頭に伸ばされた。
「別に構わない」
髪を数回撫でられ距離を取り背を向けられる。
その行動に乱れた髪を直したもらったのだと気づく。
「ありがとうございます!失礼しましたっ」
恥ずかしさが込み上げてきて慌てて扉に向かった。
出ていく前に振り返ると目が合う。時が止まったかのようにそのままでいるといろはさんが目を逸らし、私は部屋から退出した。
「……さようなら」
閉じた扉に体を預け頭に残った言葉を口にする。それは誰の言葉だったのだろう。
微かな悲しみを感じながら私はその場を去った。
H25.6.27
夢の逢瀬
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