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「ゆき、どうかしたんですか」

信号待ちの際、何も言わずにこちらを見つめているのがわかり声をかけた。
でもゆきは何もないと首を横に振り俯く。
信号が青に変わり、歩き出すとゆきが半歩遅れて歩き出した。何か考え事でもしていたのだろうか。それでなくても危なっかしいのにこちらは気が気ではない。

日本に帰国して数日が過ぎた。数日したらまた海外に旅立つ事になる。
何事もなく過ごしている日常。何も変わりはなく、俺はこの場所にいた。ゆきの隣に。


「ゆき?」

指に微かに触れた柔らかい感触に下を見るとゆきの指が俺の手に触れていた。

「どうしたんですか」
「……うん」

少しゆっくり歩きながら促すように聞いてみる。

「瞬兄がいつも通りで嬉しいんだけど何だかよくわからなくて」
「わからない?」

聞き返すと微かに触れていた温もりが素早く離れた。どうやら無意識に手を出していたらしい。

「ゆきがやりたいことをやればいい」
「瞬兄が嫌がっても?」
「俺はあなたにされて嫌な事なんてありません。無茶さえしなければ」

ゆきは首を傾げて俺をじっと見つめる。歩きながらよそ見をしないでほしい。でもそれを言えずにいる。
だからゆきが転ばないように手を取った。

「あっ……」
「ゆき?」

柔らかい手を握るとゆきの足が止まる。振り返るとゆきは繋がれた手を見ていた。
手を引くのなんて珍しい事じゃない。でもこちらへ戻ってきてからこうするのははじめてな気がする。二人で出かけるのも久しぶりだったから。

「ゆき」
「う、うん。大丈夫」

何も言っていないのにごまかすように笑みを浮かべるとゆきは再び歩き出す。
そのゆきの頬が微かに赤みを帯びている気がした。

「ゆき」

歩き出したゆきに並ぶように合わせて歩く。

「なに?」

今度は前だけを向いて俺には視線を向けずにただひたすら歩いている。やはり何かをごまかそうとしているように。

「瞬兄、どうかし……っ」

口を塞いだわけでもないのにゆきは驚いて言葉を最後まで言う事ができなかった。
唇には柔らかく暖かな感触。ゆきの頬に唇を寄せた。
すぐに頬から離れるが少し屈んだまま耳に唇を寄せるように近づけた。

「言ったでしょう。俺はあなたに恋をしている、と。だから触れてほしい。あなたが俺と同じ気持ちなら……」

そう告げて離れるとゆきは俺を見上げていた。

「うん」

嬉しそうにゆきは笑った。
ごまかす必要などない。むしろ示してほしい。
握った手が強く握り返されて決して離れないように俺も握り返した。



H23.7.7

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