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「お姉ちゃんいいよー!」
「うん」

騒がしい声を耳にしながら手にしている本のページをめくる。
俺は広間の窓際に座り、庭ではゆきと祟が水撒きをはじめようとしていた。

「祟くん、水出たよ」
「プールとか行きたいよね」
「プールかぁ」

蛇口を祟が捻ったらしくゆきが持つ手元のホースから水が出る。水の涼しげな音がしたかと思えば手元の本が陰った。

「瞬兄、プール連れてって」
「自分で行け」

祟が俺の前に佇みいつものようにねだってくる。たいがい断られるとわかっていても祟はやめない。

「お姉ちゃんだって行きたがってるよ!」
「私?」

水撒きをしながらゆきが振り向く。思案するように首を傾げて頷いた。

「行きたいな」
「ほら!」
「ゆき、祟を甘やかさないで下さい。夏休みの宿題も終わってないんですから」
「でもたまの息抜きとか」
「今が息抜きです」

遮るように言うと祟が手元の本を奪い取りゆきに駆け寄った。

「瞬兄は若さについてこれないんだよ!だから窓際でゆったり本読んだりしてさ」
「祟」

立ち上がり本を返すように促すが祟は本を背に隠した。
ゆきは困ったように俺達を交互に見てから俺を見つめる。
ゆきの手元にあるホースは手動で切り替えられるのか今は水は出ていなかった。

「祟くんの宿題手伝うから。だめ?」
「駄目です」
「瞬兄、お姉ちゃんが僕に甘いから嫉妬してるんだ」

拗ねたふりをしながらゆきの腕にしがみつく祟。その言葉は事実であり返せなかった。

「ゆき、そんなにプールに行きたいんですか?ゆきが行きたいなら考えます」
「うん、行きたい」

あまりにも真っ直ぐ告げられ視線を逸らしため息を吐く。

「瞬兄のわからずや!濡れちゃえばいいんだ!」
「祟くん!?」

そんな声が聞こえたかと思えば気づけば上半身が濡れていた。
視線を戻すと祟がゆきの手を掴みホースを向けていた。

「暑苦しい瞬兄なんてずぶ濡れでいいんだよ!」

そう言い捨てて家の中へ走り去ってしまう。
ゆきは慌てて俺に駆け寄り髪に触れようとした。

「近づかないで下さい。ゆきが濡れます」
「暑いから少しぐらい大丈夫。タオル持ってくるね」

ゆきが横切り家の中へ入る。
照りつける太陽は暑さを感じさせたが水をかけられ僅かに涼しくなった気がした。

「すぐに暑くなるがな」
「暑い?」

ゆきが戻ってきて振り向く。

「いえ、何でもありません」
「そう?髪拭くならこのままのほうがいいかな。瞬兄、髪拭くね」
「……はい」

窓際に佇むゆきを見上げて、自分でやるとは言わずに従う。顔を少し下向かせると頭にタオルがかけられ、ゆきの指先の感触がわかる。

「瞬兄、夏でも長袖でしょ?」
「袖は捲ってはいます」

髪を拭きながらゆきに話しかけられ答える。

「祟くん、きっと瞬兄を涼しくしてあげたかったんだと思う」
「祟が?前から見てるだけで暑くなると言ってましたが」
「それもあると思うけどきっとそうだよ。プールも一緒に行けば瞬兄も入るんじゃないかって思ったんだと思う。私もそうだったから」

ゆきが笑ったのがわかる。優しい笑みを浮かべているのだろう。
祟の真意はわからないが事実多少は涼しく感じた。

「服は着替えたほうが早いかな。軽く拭いておくね」
「ゆき」

頭からタオルが取られると髪を整えるように撫でられる。
すぐにタオルを持つ手が上半身に伸びて、その手を取った。

「瞬兄?」
「むやみに男の身体に触れるものではありません。貴方に好意を持っている者なら尚更です」

ゆきの手からタオルを取るとゆきは照れたように俯いた。
その仕種も可愛らしくこの手に引き寄せたくなるがゆきが濡れてしまうため堪える。

「プールに行きましょうか」
「本当!?」
「ただし祟が宿題を俺が決めた分終わらせたらです」
「うん!祟くんに知らせてくるね」

そう言って家の中へ駆けていった。
すぐに二階の窓から二人の声が漏れ聞こえてきて空を見上げた。
平和な夏。これが日常でそれが続くのだと次第に実感していく。



H24.7.27

夏の日常
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