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「あっ!いたいた」

廊下を歩いていたら後ろからそんな声が聞こえた。
名前も呼ばれてないし放っておこうと知らぬふりでそのまま歩く。

「待てって!えーと、なにくん?」

肩まで掴まれても知らぬふりはできたものの名前も出ないのに呼び掛けたのかと振り返る。

「なに?」
「だから、えーっと、なさくん?」
「さようなら、草薙せんせい」
「待て待て!」

草薙せんせいは確か人の名前が覚えられないんだっけ。
だからってその間違いはわざとじゃないかと疑うレベルだろ。

「そんな名前じゃないからおれ帰るね」
「だからお前に用があるってわかったなら待てって」
「だって草薙せんせいが探してるのはなにくんかなさくんでしょ?おれとは関係ないし」

そう言って歩きだそうとする。
それでも草薙せんせいは諦めずに後ろから今度は両手肩を掴んだ。

「何だっけな。“な”なのは確かなんだよな。ななくん!」
「それだと七瀬せんせいとかぶっちゃうよ」
「それは駄目だ!かぶるのは問題だよな、うん」

適当な受け答えに真剣に答えられると困る。
B6の中でも比較的まともそうに見えても結局あのB6の一員か。

「北森先生なんて言ってたっけな〜」
「真奈美せんせいが?」

さすがにせんせいの名前は覚えてるのか。
話す機会も多いんだろうしおかしな事じゃないけどさ。

「そうなんだよ。北森先生から頼まれ、わっ」

両肩を掴まれ動けずにいたのを振りほどいて向き直る。
話を聞く姿勢を見せたせいか草薙せんせいはもう掴もうとはしなかった。

「今日は生徒会室には行かずにA4の補習に行くってさ」
「は?じゃあ何で携帯に……あれ」
「で、携帯。昼休みに職員室に忘れてたみたいだぜ」

いつもポケットに入れてるはずの携帯がなく、その携帯が草薙せんせいの手にあった。
約束の時間になっても真奈美せんせいは生徒会室に来なくて探していた。
ポケットにあると思いこんでいた携帯に連絡もないと不機嫌になっていた。
面白い事をしてくれそうな人がいないと本当つまらない。

「どうも」
「もしかしたら探してるかもしれないって言ってたけど本当だったな」
「……見回りですよ」

そっかと言いながらも見透かされているようでこれ以上ここにいたくなかった。
携帯を握りしめてアホサイユに向かおうか考える。

「真奈美先生も好かれる先生だよな。俺もああいう先生は好きだ」
「せんせいがせんせいを好きって何だか変だよねー」
「そうか?こう、少し小さいところとか生徒に混じっても違和感がない可愛さが愛着もつっていうかさ」
「それ、アニマル的思考なんじゃない?」

動物好きなのもこの短期間なのに有名で重度なのも知っていた。

「違うって!こう一生懸命なのが伝わって元気になるというか……難しいな」
「一生懸命、ね」

A4に対して一生懸命でもどこまでやれるか。
こんなことになるならいっそやめてしまえばいいのに。

「俺たちの時も一生懸命な先生がいてさ、みんなはじめは嫌がってたけど今じゃ大事な先生なんだ。お前らもそういう先生に出会えるといいな」
「大事なせんせいなら別にいらない」
「いらない?」

聞き返されて、しまったと気がついた。
ここは同意しておけば会話が終わるはずだったのに。

「あ〜……」
「なに?っ!?」

何かを悟ったかのように声を出すと両肩に今度は前から両手を置かれた。

「わかる!」
「え?」
「でもここを突破すればきっと楽しくなる!それでも辛いけどそれが……何ていうか、さ」

勢いよく話してたかと思えば途中から口ごもる。
何が言いたいのかはっきりしてほしい。

「ハージメー!」
「おう!悟郎、こっちだ!」

廊下に草薙せんせいを呼ぶ声が響き渡り、答えると足音を響かせながら風門寺せんせいが走ってきた。

「ハジメ、探したよ〜」
「わりぃ」
「あれ、そこにいるのは方丈の弟くん?珍しい組み合わせだね」
「相談を受けてたんだ!そしたらつい話しこんじまって」

いつおれが相談したんだと言いたくなったけど言わないでおく。

「相談?方丈の弟くん、動物飼ってるの?」
「違うって!恋愛相談だよ」
「えぇぇええええ!?ハジメが!?」

風門寺せんせいのオーバーな驚きなんて聞こえないぐらいにおれを驚いていた。
おれがいつ恋愛相談をしたんだ?その前に恋愛をいつしたんだ?

「俺らも辛かったからな……経験者は語るってやつだ」
「何か違う気がするけど何となくは把握したよ。方丈の弟くんも大変なんだね」

同情するような眼差しを向けられても困る。
何を把握したのかもわからないし、二人についていけない。

「おれ、そろそろ真奈美せんせいのところに行かないと」
「そうだな!」
「頑張りなよ!」

やっと草薙せんせいの肩から手がどき開放された。
しかし何だかすっきりしない。
二人が言いたい事はわかる。
でもそれは勘違いだ。

「いつでも相談にのるからな!」
「ゴロちゃんも相談に乗るよ!」

適当に相槌を打ち、アホサイユへと向かおうとする。
頑張れと暑苦しい声援が後ろから聞こえてくる。
何を頑張れと言うんだろう。

「せんせいも名前覚えるの頑張ってね〜」
「おう!頑張るぜ、那智!」

嫌みで言ったはずがあっさり名前を呼ばれて拍子抜けしてしまう。

「あははっ」

本当おかしなせんせいだ。

真奈美せんせいは一緒にいれば面白い事があるかもしれない。
だから違うよ。
恋心なんて見てみぬふりすれば頑張る必要なんてないんだから。



H21.10.6

恋心なんて見てみぬふりすれば頑張る必要なんてないんだから
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