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「しったらく〜ん」

それが自分の名だとわかっても、返事はせずに目を伏せていた。

「そうしてて足痺れねぇのか?」

正座をして体重がかかっている両足。こうしてじっとしている事しか僕にはできない。

「……?片瀬?」

いつもならくだらない話を一方的にかけてくるはずなのに声が止んだ。
それが片瀬なりの気遣いだとわかっていたからこそ返事はあまりしない。

「話かけないと話すなんて本当天の邪鬼だよな、お前は」
「別にそんなつもりはない。わざわざこんな所に来て大丈夫なのか?」

加々良家に幽閉されて一月が経った。幽閉というよりは普通の生活をして監視されてるような形だ。場所が牢の中というだけ。
片瀬は腕を組みながら僕の問いに笑う。

「お前が俺の心配かぁ?当主様の了解は得てるんだ、大丈夫だろ」
「そうか……」

僕の処罰はこんなに軽いのに、水季様は……。

「片瀬、水季様の場所は知っているのか?」
「ん?あ〜……知ってても答えねぇけど、あいにく俺も知らねぇな」

いつの間にか下に向いていた顔を慌てて上げる。
嘘をついてるとは思いたくない。でも知っていても僕には教えられないだろう。それならせめて水季様の行方を知っているのかどうかだけでも知りたかった。

「俺の顔じーっと見てどうした?」 
わからない。
片瀬は一見軽くは見えるが当主のハンターなだけあって腕もたつ。
滅多な事では動揺しないし、顔から考えを読むのは僕には難しい。

「いや、何でもない。悪かった」

今度は意識して下に顔を向ける。
少しの沈黙のあと、去るかと思った片瀬が口を開いた。

「何か必要なものあるか?」
「別に……」

ないとはっきり言おうとした口が止まった。
口にした所でそれは許されないだろう。それでも口にしてみたかった。
期待とか諦めは一切なく、ただ僕の願いを言いたかった。

「水季様の琴をここに持ってきてほしい」

いつか再会した時に、聞いていただきたい。
それは許されない。
何より水季様の琴を僕なんかが弾く琴を許されるはずがない。

「優、兄さんの琴だ」
「愁一、様。どうして」

翌日、現当主である愁一が見覚えのある琴を持ってきた。
様をつけて呼ぶのは当然なのに、少し違和感がある。

「俺じゃあ琴は弾けないからな。せっかくの琴が可哀相だ」
「……僕は真秋様を」
「わかってる。でもお前はそれがわかってここにいる」

愁一がここへ来たのは幽閉される時の一度だけ。怒りを悲しみをぶつけたいはずなのに、淡々と当主の役目を果たした。
それでも僕の処罰は甘すぎるように思える。
それを片瀬に聞いてみた事がある。
答えは僕が危険なのと当主の立場。
僕がまた同じ事を繰り返さないと決まったわけじゃない。だから更生期間として幽閉という形をとっている、という事らしい。ハンターという肩書きがある以上当主の立場としては村から出すわけにはいかない。九艘を狙う恐れがあるから。
九艘を殺す力がない水季様と力がある僕とを遠ざけるためには、水季様を村から放逐するしかなかった。たとえ水断刀がなくても九艘側にはハンターというだけで脅威になる。
決して子供だから甘い処罰なわけじゃない。和平のため仕方なく、だ。

「俺はお前を追い出したかった。でもまだお前にもできる事があるだろう?」

そう、愁一は僕を追い出したかったのだ。
はっきりと言われて何故かすっきりとした感覚があった。
愁一は牢の鍵を開け、琴を僕の前に置いた。

「少しは弾けるんだろ?聞かせてみてくれ」

牢から出た愁一に促され恐る恐る琴に触れた。水季様がしたようには弾けないけど、これは確かに水季様が奏でていた琴だった。

「明日から圭が勉強を教えにくる。少ししたら涼が稽古にあたってくれるだろう」

しばらくしてそう言った愁一は去っていった。
僕は流れていた涙を腕で拭い、琴を弾き続けた。
水季様を探そう。
見つからないかと諦めてはいけないんだ。いないからと終わりにしてはいけないんだ。
だって僕は水季様に何も伝えられていない。
再会できる日まで、僕は積んでいきます。

今までの過ちも崩さずに積んで、これからを積んでいきます。



H19.2.26

過ち崩さず、積むこれから
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