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「ちぃ姉、明日も来るね!」
「わかったって。でも無理したら駄目だからね」
いつものように学校が終わって僕はちぃ姉の元に行く。
時間はあっという間で、もう少しで陽も完全に落ちそう。
僕はもう少し一緒にいたいけど、暗くなって危ないのはちぃ姉の方だから。
ちぃ姉は僕の方が危ないって言うけど。
だって僕はここにはいないんだから。電車を使って帰る必要もないし、式をホームに飛ばせばいいだけ。
「好春、どうしたの?調子悪い?」
「ううん、大丈夫だよ」
それでもこの場から離れがたくて。たとえ式でも、僕のそばにはちぃ姉がいるんだって思いたいから。
何も言わずに右手の小指を立ててちぃ姉に突き出した。
その手をちぃ姉は凝視して、わかったように息を一息吐く。
「何の約束?」
聞きながらも小指を絡めてくれる。
「……ずっと、一緒にいられますようにって」
「それは願い事でしょ?」
「そうだね」
僕は少し笑いながら視線を下に向けていた。
ちぃ姉を見ていたいのにどうしてだろう。
「じゃあ“ずっと一緒にいる”。今更約束する事でもないけどさ」
嬉しいはずなのに、返事を返す事ができない。飲み込んだ返事は出す事を許さないように僕の中に沈んでいく。
「ちぃ姉、知ってる?」
俯き加減のまま僕はやっとそれを口に出した。
「何?」
「ゆびきりってね、遊女がお客さんへの不変の愛を誓うために小指を切った事からきてるって話もあるんだって」
「……悲しいね」
一瞬の間のあとに聞こえた言葉に僕は顔をあげていた。
その言葉通りに悲しそうな表情をしていた。
そんな顔をされたら僕も悲しくなってしまう。指切りの話をした僕はそんな事を思わなかったのに。
不変だからこそ、物で表わそうなんて酷く滑稽に思えたのに。
「暖かいものを伝えるために痛みを感じて、それを伝えようとするなんて……相手の人はそれを望むのかな?愛してるなら痛い思いなんてしてほしくないって思うんじゃないのかな?」
泣きそうになりながら言うちぃ姉の頬に左手でそっと触れた。
暖かい。暖かいのに痛いんだよ、ちぃ姉。
「だから痛みと一緒に伝えようとしたのかもしれないね……」
「え?」
「なんでもないよ」
温度なんてわかるはずもない手を頬から離して笑んだ。
「ごめんね。ちぃ姉にそんな顔してほしくて言ったんじゃないんだ」
「うん、わかってるよ」
ちぃ姉が笑ってくれて、僕は笑みを深くする。
そしてずっと絡めていた小指を軽く振る。
「ちぃ姉は僕を待ってる、僕はちぃ姉を待ってる」
「それが約束?」
「うん、ずっと。ずっとだよ!」
約束をした指を離して、一歩後ろに下がった。
「じゃあね、ちぃ姉」
「うん、気をつけて帰りなよ」
頷いて思いっきり大きく手を振り走り出す。ちぃ姉が去っていく姿はあまり見たくないから。
逃げるみたいに走っていく。
僕は痛みなんて伝えない
ゆびきりを交わすたびに暖かみはなく、痛みが積もるけど
待つ暖かみは心地いいから
必ず僕の前に来てくれるちぃ姉
僕はそれだけで生きていける
たとえいつかは終わるのだとしても
痛みの約束はなくなる事はないのだから
ちぎってでも契りたい想いがあるから
赤い川も越えて
それが二人を繋ぐ糸になりえなくても
H19.1.14
痛みの約束
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