novel top

迷っていた。
彼女のそばにいたい。でも僕は八咫の一族。これ以上彼女が真相に近づけばいずれそばにいることはできなくなる。

『大丈夫……怖くないよ。僕と同じところまで堕ちてきて。そうすれば……楽になる』

自分の中で賭けをして敗者となり一族のためにと決めた。それを見透かしたように兄上が花嫁にすればいいと助言をくださった。
彼女は望まない。それがわかっていたのに僕を探す姿を飛ばした式を通じて見つめていたら揺らいでいった。
花壇で一人僕を探すちぃ姉を見つめながら触れたくて手を伸ばす。

『他の誰もを憎んでいい……世界中を呪ってもいいから。ただ、僕の側にいてよ』

そして柏木きらを僕の花嫁に迎えいれるため日常から浚った。


「あまり食べないね。駄目だよ、食べないと」

庵へとちぃ姉を連れてきて数日。ちぃ姉は意気消沈した様子で話さずろくに食べ物を口にしなかった。

「ずっと黙ってたの……?」
「やっと話してくれたらその話か。はい、あーん」

箸で白米を摘まみちぃ姉に差し出す。でもちぃ姉は口は開かず睨んでくる。
仕方ないと箸を口に含み白米を咀嚼した。

「僕は八咫の一族ですなんて言えないよ。監視するためにここに来ましたなんて意味がなくなっちゃう」

もう一度白米を摘まみ今度はちぃ姉の顔を掴む。

「やだっ」
「一謡は寿命が少し長いくらいで他は普通の人と変わらないんだから食べなきゃ駄目だよ。ほら」

無理矢理口の中に押し込むと嫌がりながらも飲み込んだ。

「間接キスだね」

笑顔で告げても今までのような反応は見られない。

「神社で見た時は諦めたようにおとなしかったのにね?だから着いてきてくれたと思ったのに」

ちらりと視線を下に向けるとちぃ姉は視線に気づいて右手の甲を隠した。
ずっと紋様が浮かび続けている。それはちぃ姉が阿修羅の太刀の持ち主の証。なぜ選ばれてしまったのだろうと何度思ったか。

「やっとこうして直接触れられるんだから笑ってよ」

指先を伸ばすと払われる。手に感じる痛みよりも拒絶するような視線が痛かった。


「普賢、阿修羅の娘の説得はできたか」
「いえ、申し訳ありません兄上」
「阿修羅の太刀に選ばれた娘だ。一謡とはいえ我が一族の血脈に加えられれば更に強固になるだろう。何より九艘を滅ぼす剣となる」

祠でいつものように報告をする。兄上は言うことを聞かなければ傀儡にしてしまえと暗に言っている。阿修羅の太刀はいまだ柏木きらのもの。それでは本来の力を他者が扱えはせず利用価値がない。

「心得ております。九艘の娘を捕らえるまでには必ず」

ちぃ姉の射抜くような視線が過る。望まないとわかっていて浚った。もう後戻りはできないし手放すつもりもない。


真実を知れば壊れてしまうかもしれない。それを承知で告げた。


「ちぃ姉の両親が京にぃの両親を殺したんだよ。だから二人は施設に来たんだ。ちぃ姉はこれが知りたかったんでしょ?」

呆然とするちぃ姉に笑いかける。やがて叫ぶちぃ姉を抱き締める。ひたすら謝り続けるちぃ姉を撫でてあげる。

「もう戻れないね。でもそうなったのは誰のせいだろう?争いを起こす者がいるからいけないんだよね」

身を守るようにちぃ姉は自身を抱き締めて縮こまる。泣き顔は見られない。

「僕たち以外いなくなればいいんだよ」

甘く囁く。謝り続けていた声が止む。

「よしはる……」

ちぃ姉が仮初めの名を呼ぶ。久しぶりに聞いた気がする。
今度はちぃ姉が壊れずに僕を見てくれたら僕の勝ち。前に賭けでは敗者になった。でも今は勝者となった。やっぱり二人でいれば大丈夫なんだ。離れる必要なんてない。

もうこれ以上堕ちることなんてないだろうと思っていた。
彼女がいればどこまでだって堕ちることができる。一緒ならどこまでだって。


「逃げちゃったね」
「追う」

荒れ果てた村を眺めながら呟くと彼女が踵を返し行こうとする。

「待って。着替えないと駄目だよ」

手を掴んで止めるとさすがにわかったのか進むのをやめた。
お互い無傷ではない。服も破れ赤い染みができ肌にも自分のものや他者の血がこびりついていた。

八尾比丘尼の再来だと言われた娘を捕らえたのを合図に行動を起こした。
八咫一族の長であった兄上は僕が言えたものではないけれどもはや正気ではなかった。鏡が惑わしていた。従う振りをしていた彼女が能力で飛ばしたようだけれどいずれまた鏡とは相対するだろう。
二人を殺した後八咫一族の隠れ里を襲撃し頃合いを見て一謡、九艘の里を襲撃した。八尾比丘尼の再来とは本当だったのか血肉を体内に入れて以降は苦しむこともなくひとがたを保っている。
彼女も血肉を取り込もうとしたけれど一謡が九艘を食べればどうなるかわからない。割血では確実に死亡するだけに止めた。


「もう少しだね」
「うん」

彼女が荒れ果てた村を嬉しそうに見つめながら言う。
僕は下ろされ血がこびりつく彼女の髪に触れ、擦る。

「ずっとそばにいてね、きら」
「当たり前でしょ」

阿修羅の太刀を握りしめる。もう戻らない日常はつい最近なのに懐かしく感じる。僕のそばに彼女がいればいい。
彼女の手に触れながら貫かれる最後の瞬間まで、その先もずっとそばにいて。



H26.7.29

最後の瞬間のその先までそばにいて
prevUnext