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迷う事なく薬屋に戻り金の粉をかぶった。
でもこの扉を開けるのは迷ってしまう。
本当は会いたい。
でも一度は別れを告げた。
もう彼女はその別れを受け入れてオレの事を忘れようとしてるかもしれない。
彼女は人間で、オレは猫だ。
それは受け入れなければならない別れ。
彼女の猛獣使いの練習につきあう事になったのも、オレが呪いを受けて彼女とここで会ったのも全てこの別れのためかと思うと悲しくなる。
でももしも会う運命なら、また出会えるのではないだろうか。

「ティアナ……」

扉を見つめて彼女の名前を口にする。
オレは会いたくて、一緒にいたくてここに戻ってきた。
オレが王子達を殺さずに彼女と共に行きたいと思ったのは彼女がここに来たからだ。
彼女との接点はここしかない。ならば彼女はここにくるはず。
賭けだった。
結果はすぐに出る。

扉は開いた。


「てわけだから今日からティアナの家に住むからよろしく」
「うん。……え?」

再会の抱擁をしながらさりげなく言うとティアナが首を傾げた。
後ろから抱きしめていた腕を解くとティアナがこちらに向き直る。

「だって今まで住んでたのこの下だぜ?一人で地下暮らしなんて嫌だし」

踵で床を叩いて地下室の存在を示す。
ティアナは下を向いて床を見つめる。段々眉間に皺が寄る。
もしかしてと思いからかうように問う。

「妬いてる?」
「妬いてないよ?」
「何で疑問形」

ごまかした様子もなく本気でわかってないようだった。
てっきりゲルダとの事で妬いたのかと思ったのに。あながちはずれてはいないけど本人に自覚はなさそうだ。
だからそれ以上は追求せずにわざとらしく言ってみる。

「ティアナの家に置いてくれないと前みたいに外で寝る事になるなー」
「外で寝てたの?」
「地下にはベッド一つしかないからゲルダが寝させてくれるわけないだろ」

そう言うとティアナに笑顔が戻った。妬いてくれるのは嬉しいけどやっぱり笑顔が一番いい。

「じゃあ行こうか」

ティアナがオレの手を掴んで引いて行こうとする。

「いいの?」
「シルビオ言ってたでしょ?全てが終わったら私の家でのんびり暮らしたいって」

確かに言った。
無事に戻ってきたらそうなれたらいいという希望を。
でもそれが実現するなんて思わなかった。あの時のオレは全てを話して呪いをといてここを離れていくと決意していたのだから。

「シルビオが出て行った日からあの言葉が現実になったらよかったのにって思ってたから嬉しい」

その言葉にこれからそれが現実になるのだと実感して嬉しくなる。
ティアナは背を向けて少し急かすように手を引っ張った。
その手を自分の方に少し強めに引いた。
予期せぬ力にバランスを崩してティアナが胸の中に倒れてくる。

「その前に頬にしてよ。猫のオレにだけじゃなくさ」

猫に戻ったオレに別れ際にされた頬へのキス。それはまるで呪いかのようにオレにあたたかみを残した。
そのキスを今のオレにもしてほしかった。
一度見上げた顔を俯かせてしばし考えたあと、意を決したように顔を上げて近づいてくる。
これからは毎日触れられるあたたかさがすぐに頬に触れた。
離れて顔を見合わせて笑う。

「行こう」

そして彼女に引かれて扉を潜った。



H23.8.10

そして彼女に引かれて扉を潜った
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