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「みんなもう帰っちゃったのか」
下駄箱で靴を履き替えながら誰もいなかった教室を思い出した。
放課後先生に用事を頼まれ職員室から戻ると、教室には誰もおらず一人で下校かなんて考えてしまう。雛見沢に来てからは誰かと途中まで一緒に下校していたから寂しく感じてしまった。
「あっついなー」
外に出ると寂しさをごまかすように声を出して陽射しを手で遮りながら空を仰いだ。
「隙ありなのです!」
「はっ!?わっ、つめた」
突如声が聞こえ身構えると身体に冷たさを感じた。
目の前には建物に潜んでいたのかホースを俺に向けている梨花ちゃんがいた。
「梨花ちゃん?た、たんま!顔はっ……」
「冷え冷えなのですよ〜!」
待つよう言っても梨花ちゃんはホースから勢いよく出る水を俺にかける。
何が何だかわからずにとにかく避けようとした。
「いつかの仕返しなのです!存分に味わうがいいのですよ、圭一」
梨花ちゃんの言葉に先日梨花ちゃんに涼んでもらおうと沙都子に協力してもらい梨花ちゃんの服を借り、同じように水をかけた。あの時は梨花ちゃんの元気がないようにも見えて少しでも元気づけられたらと思ってやった。
「仕返しなら受けるしかないな!存分にかけてくれ!」
避けるのをやめて両手を広げて水を受ける。
もしかしたら梨花ちゃんなりのお礼なのかもしれない。だから喜んで受けた。熱い身体には水は心地よかった。
でも受けたら受けたで梨花ちゃんは不満そうな顔をする。
「受けるだけではつまらないのです。水を受けたくば逃げろ逃げろ、なのです」
水を横にずらされ追いかける。
次第に追いかけているのか逃げているのかわからなくなった。
「圭一びっしょりなのです」
「おかげでひえひえだ!」
親指を立てると梨花ちゃんはホースの水を止めに行ったようだった。
梨花ちゃんの指摘通り、余すところなく水が染み込んでいた。
「圭一、タオルなのです」
「着替えがあったりは……」
「お宅の息子さんを水浸しにするので服を貸して下さいなんて言えるわけないでしょ」
梨花ちゃんの口調が変わる。最もな事を言われてタオルを受け取る。
「でもありがとな。おかげで涼めた」
「……濡れるのです」
タオルで拭きながら梨花ちゃんの頭を撫でると梨花ちゃんは照れたように俯いた。
頭に触れて当然だが梨花ちゃんの頭は熱かった。帽子もかぶってないから当然だ。
「梨花ちゃんは暑くないのか?」
「暑いですよ?夏だから当たり前なのです。圭一?」
ふと悪戯心が芽生え梨花ちゃんを見つめる。
梨花ちゃんは悪い予感でもしたのか後ろに退いていく。
「逃がすか!」
「ちょ、ちょっと!?」
このままでは走って逃げかねないと思い、逃げられる前に梨花ちゃんの身体に思い切り抱きついた。
暑さのせいで熱を持っていた。まだ冷えていた身体は少しでも身体の熱を下げられるだろうか。
「圭一、圭一!」
「少しは冷えたか?」
「圭一の服はみんなで借りてきて下駄箱にあるから着替えてきて!」
「え?」
そこまでしてくれたのかと一瞬呆ける。すると腕の中の梨花ちゃんが暴れだした。
「じゃあ着替えてくるか。冷え……てないな」
「……冷えるわけがないでしょ」
腕の中から解放して梨花ちゃんを見ると上目遣いで恥ずかしそうに睨んできていた。微かに顔が赤い気がする。
「早く行って!」
「わかったよ。本当ありがとう」
もう一度頭を撫でて下駄箱に駆け出す。
言い忘れた事を思い出し振り返る。
「着替え終わるの待っててあげる、のですよ」
できれば待ってて欲しいと口を開きかけた瞬間梨花ちゃんがそう言った。
いつもより小さな答えだったけど確かに聞こえた。手を上げて声を張り上げる。
「急いで着替えてくる!」
「い、急がなくていいのですよ!」
慌てて言う梨花ちゃんの声を背に駆け出す。
着替え終わるまでに梨花ちゃんの熱は引くのか。引いてほしいような引いてほしくないような気持ちで下駄箱に向かった。
H24.8.20
水と熱
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