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はじめは居慣れなかった部屋。今では嗅ぎなれた匂い、触り慣れたベッド。好きな女の部屋が家になるなんて想像もしなかった。
リヴァイシアに居住すると決めてからそんなに日は経っていない。普段はアイカの部屋に身を隠している。
屋内は暗い。目を覆うのは包帯で視界は遮られても光までは遮れない。だが魔界は基本的に暗く強い光は感じない。それが心地よかった。強い光は阻む視界には痛い。アイカの部屋も燭台に灯を点すだけらしくやはり視界は暗い。

「いい子にしてたか?」
「入るなり何言ってんだおっさん」

開閉音がしてアカツキが声をかけてきた。

「そこはせめてお兄さんだろう?」
「700歳過ぎをお兄さんと言うほど俺は長く生きてない」

軽口を叩きあうのは日常となっていた。やろうとしていることに反している気はするが何もずっと張りつめている必要はないだろう。

「今は俺だけだから取っても大丈夫だぞ」
「いや、いい」

アカツキを視界に入れても殺戮衝動に呑まれることはない。ずっと塞いだままだから言ってくれたのだとはわかっていても断る。
言っても無駄だとわかったのかアカツキが苦笑したのがわかった。

「次はいつどこに行けばいい」
「俺が切り出しにくいことをお前は切り込んでくるな」
「やらなきゃ駄目なことだろ。戯れでやるんじゃない。必ず魔界も輝界も理由もなく争い続けているのを止める」
「頼もしい限りだ」

いくら訴えかけたところで届きはしない。そうして俺は流されるように生きてきた。できることはないのだと諦めかけながら脱したいと思っていた。
何の因果か魔王選定なんてものに巻き込まれて魔王ではなく相対する輝士になった。また流されるのか、なんて思ったがリヴァイシアの現状、アカツキの理由を聞いてできることがあるそれが見知らぬ世界でもそこで生きている奴らを知って留まることに決めた。

「もっと頑丈なやつないか?」
「目を覆うものでか?」

わざわざ指をさして聞いたのにそんなことしてどうすると問うように言われる。

「外で万が一取れたら困るだろ。対象以外殺したくない」
「確かにそうだが」

反乱分子を最小限に殲滅していく。アカツキが仕入れた情報から俺が向かう。だが今の俺は視界に入った魔族を殺し尽くさなければ戻ってこれないだろう。一度アカツキと共にある魔族の村へ行き包帯が取れたことを思い出すと恐怖と高揚を感じる。

「大丈夫か?」
「突然何だ」

視界は覆われていてアカツキの表情はわからない。でも心配されてるのはわかる。
反乱分子だからといって殺していいのか。話し合う余地はあるのではないのか。そう言ったことがある。人間の感覚で魔界にいないほうがいいと答えられ、アカツキは現状を把握させるように連れ回した。

「俺が選んだことだ。だからせめて最小限にしたい」

最初こそ躊躇いはあった。でも斬れば斬るほど内にあるものが侵食していくように麻痺していったのも事実だ。大丈夫、ではないのだろう。

「聞いても仕方ないことを聞いてすまない」
「謝るな。気持ち悪い。それに……」

口を閉じるとアカツキの肘が当てられた。からかわれそうになっているとわかって余計に言うはずがない。気にかけてもらうことは嬉しいなんて面と向かって言えるか。
話を打ち切る戻すためにわざと大きな声を出す。

「とにかく!次に出るまでに用意しておいてくれ」
「イロハがそう言うなら次に出るまでに用意しておこう」
「ああ、頼む。できれば錠つきでな」
「アイカしか取れない錠にでもするか」

冗談めかして言うが半ば本気だろう。俺もその方がいい。


普段から俺の中では魔族を殺せ魔界を滅ぼせ魔王を殺せと怨讐の声が響き渡っている。今の輝士は俺だ、こんな因習は俺が断ち切ってやると抗う。

「イロハ、イロハ」

名を呼び目を開けると横たわる体を揺り動かされているとわかった。

「戻ったのか、アイカ」
「お帰りなさいくらい言えないんですか」
「……おかえり」

目を開けても視界は塞がれていて暗い。覆うものも包帯から黒い布となりより世界は黒くなった。黒く塗り潰されるのは脳内の声だけで十分だがあれはむしろ白か。俺の存在をなかったことにしようと白く塗り潰してくる。

「うなされていましたが大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」

肩に触れている手に触れて答えるとアイカのもう片方の手が重ねられた。
アイカと共にいればいつか視界を覆っても殺戮衝動に抗えなくなるだろう。魔王不在も長くは続かない。

「アイカ」
「何ですか?」

体を起こし呼び掛ける。ただ呼び掛けて縋るように抱き締める。
あれから時は少し経ち輝士の力も使い慣れてきた。この部屋に慣れるよりも慣れるのが遅かった力。目を覆ったまま魔族を殺しこの部屋に帰る。殺していけばいくほど塗り潰そうとする声が歓喜して求めてくる。枷となる魔族を殺せ、輝士になれと。

「アイカ」

イロハという存在はアイカを思うことで成り立つ。たまに無性に泣きたくなる。いつかくる未来を思うと泣いている場合ではない。

「何ですか、イロハ」

肩に顔を埋めると頭を撫でてくる。安心させるように頭を撫でたり叩くのは俺の癖だ。アイカに幾度となくしてきた。アイカもいつしかこうして俺の頭を撫でるのを幾度となくしてきた。
ただアイカだけを感じる時間。響く声さえも覆い尽くす黒。

「……アイカ」

目を肩に押し付け抱き締めた。


我に返れたのは安心する手が頭を撫でたからか。俺の持つ剣が突き刺さったままアイカは俺を抱き締める。

「アイ、カ……」

俺の中に響く声は歓喜していても俺から漏れる声は震えていた。
弱々しく頭を撫でる手に剣を消し去りたいのに体は反して捻り抉っていく。苦しげに漏れる息が耳元に触れて痛い。

「取ってくれ」

未だ視界は覆われていてアイカを見たくて言うとアイカはただ撫で続けるだけ。

「貴方の前では綺麗なままでいたいんです。私だって女の子、ですから……」

そんなわけがない。見せられないほどの状態でこのあとの自分を見せないようにしてるのだろう。
弱々しい声で伝えてくる。

「……大好きですよ、イロハ」

頭を撫で抱き締めていた腕は力を失い垂れる。体も支えるのは剣だけで俺に寄り掛かる。
魔族を殺せこれで枷はなくなった魔王を探せと声が響く。
アイカを失った今抗いきれるわけがなく塗り潰される感覚に叫び出しそうになったが声が出ることはなかった。

「すまんな、イロハ。隙はこの瞬間しかないと思ってな」

謝んなよと言いたくても言葉は口から出ることはない。
俺がアイカを殺したらもう止められないから殺してくれと頼んだのだから謝る必要はない。
やっと手が剣から離せてアイカを抱き締められる。顔を埋めるように抱き締める。大きく息を吸い込むとあの部屋にいるかのような錯覚をしそうになる。

塗り潰そうとしてきた白を黒が覆い尽くしていく。安心させるように優しく。



H26.7.31

塗り潰す白を覆い尽くす黒
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