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こけら落としライブの練習の際に陸と連絡を交換してから頻繁にラビットチャットがくるようになった。
返すのは稀。それでも陸はまるで日記かのように記してくる。相槌を打ったり体調に気を付けるように言うと可愛らしいスタンプが返ってくる。
離れてから思い出さない日はなかった。それでもボクが思い出す陸は過去のもので現在はわからないことがもどかしかった。自分で決めたことに後悔はない。それでも気がかりだった。

半日オフになり買い物に出てカフェに入り端の席に座る。ラビットチャットを確認すると陸は今日はオフで買い物に出たと記されていた。メンバーでは自分だけがオフで部屋でTRIGGERのDVDを見るか迷ったと書かれていて何回見るつもりなのと返しそうになる。これまでも見たと記されていたから。

『前は一人で食べ物屋さんとか入りにくかったけど今は慣れたんだ!呪文みたいなメニューは覚えられないから店員さんに聞いたりするけど』

一人で外出はボクがいた時はさせられなかった。いつ体調が悪くなるかわからなかったから。後半の文にちょうど今いる店が当てはまり陸も来るのかと思う。陸がメニューを覚えていないのがわかりながらあえて何を飲むの?と聞こうとして足音に気がつく。

「七瀬さん、偶然ですね」

近寄ってきた足音の主である陸は笑顔を浮かべていて口を開く前に釘をさすようにこちらから声をかけた。すると気がついたのか顔を精一杯引き締め足音をなぜか忍ばせながら隣の椅子を引いて座った。

「く、九条さんもオフだった、んですね?」

ボクに対しての敬語に違和感があるのかぎこちなく疑問形になった。

「はい」
「ラビチャ見た?」
「見た」

小声で聞かれるも別に同い年なのだから敬語じゃなくても端から見てもおかしくはない。だから普通に答えた。

「……返してくれてない」
「返すところだったよ」
「ほんとう!?」

嬉しいあまり声が大きくなった陸をただ見つめると小さくごめんと言い俯いた。

「て……九条さんも同じやつだ」
「期間限定で美味しそうなら飲みたくなるでしょ」
「店員さんに聞いたからよくわからなくて。でも同じで嬉しい」

同じのを飲んでいる人なんてたくさんいる。それでもやはりお互い同じものだと嬉しくなる。味覚も似ているから被りやすくはあるけれど。

「て、九条さんはこのあとどうするの?」
「夕飯の買い物をして帰宅」
「夕飯なに食べるの?」
「適当」
「一人?」

どうしてそんなことを聞くのかなんてわかりきっている。今は九条さんも理も海外だから一人だ。陸にもそのことは話している。

「定員は一名です」
「二名にしてよ」
「駄目」
「けち」

ラビットチャットならよく使うパンチをするスタンプが押されるのだろう。でも今は実際に話している。陸はストローを口にしながらじっとお願いするように見つめてくる。見なければいいのに見てしまい視線を逸らしストローを口にする。何度か家に行きたいとねだられてはいた。でも一度も承諾はしていない。

「いい子にしてよ」
「うん!ありがとう!」

大声をまた出して陸は口を手で塞いだ。

そのあと材料を買い家に向かう。陸が来るならとオムライスにしようと材料を籠にいれているのを見て陸はわかったのか笑顔になった。昔はこうしておつかいを一緒に行っていた。久しぶりだったからか陸は終始にこにこしていた。

家に上がり座って待つよう言うとそわそわとしながらもソファに座るのが見えた。落ち着かなさそうで手伝うよう言うとやはり嬉しそうに寄ってきた。

「天にぃの料理久しぶり!」
「前よりもうまくなったよ」
「前も美味しかったのに天にぃ凄いな〜」

調理するボクの横に立つ陸。昔はよくある光景だった。座って待つよう行っても落ち着かなさそうにこちらを見ていた。今は別の意味で落ち着かないのだろう。

「いっただきまーす!」
「はい、めしあがれ」

夕飯の準備が終わり向かいに座り目の前にはオムライス。まるで昔に戻ったかのような食卓。

「うん!天にぃすっごい美味しい!」
「当たり前でしょ。そんなに口に入れたらむせるよ」

はーいと言いながら食べ続ける陸を見ながらボクも食べ始めた。

「陸はここに来たがっていたよね」
「うん」
「どうだった?」

陸の食べるのが止まり表情も曇る。避けることはできた。でもこうならないようにしていたのに来たのは陸の方だ。ならわからせなきゃならない。

「ボクの家はここなんだよ」
「そうだね……」

陸が泣いてしまうのではないかと思った。もう家族ではない。いつか同じ家には住まなくなるのは当然だ。でも早すぎたし理由が理由だった。戸籍上も陸とは兄弟ではない。それを突きつけられるこの家に来てどうしたかったのだろう。

「でも遊びには来れるよ!こうしてご飯も食べられるし思いっきり天にぃって呼べる」

俯きかけた顔を上げて笑顔を浮かべる。近づけば陸は人前でもテレビでもうっかりボクを兄と呼びかねない。だから距離を取ろうとした。でもできると陸は以前記していた。だからそれを信じて連絡を交換したのかもしれない。陸は大丈夫なのだと。そう考えると寂しく思うのはなぜだろう。

「そう。でももう来ない方がいい」
「どうして?」
「一緒にいる意味がない」
「一緒にいたいだけじゃだめなの?天にぃはオレが嫌い?」

嫌い?嫌いならこんな料理を作らないし無視をする。これだけしても陸にはわからない。

「言ってくれないとわからないよ!」

陸が言い終わらないうちに強く両手を机に打ち付け立ち上がった。

「ボクもわからない」

陸に近寄っていく陸はただ驚きながら目で追っていた。ずっと視線を合わせ陸の横に立ち、前に手をつき顔を近づけた。

「ここにきたら陸は泣いて帰ると思った。だから来させなかった。なのに陸は泣くどころかまた来るなんて言う」
「天にぃ?」
「陸がわからない。ボクがいなくても陸は生きていける。なのに何で来るの?」

困惑した様子の陸が首を数回横に振る。

「オレは守られなくても大丈夫だよ?天にぃは守ってくれるから一緒にいたかったわけじゃない」

自由に動けない陸のためなら何にでもなれたし何でもできた。陸がボクを必要としてくれたから。自由に動けたらもうボクは必要ない。自分で何にでもなれて何でもできるならボクはいらない。

「天にぃと同じものを見たくてアイドルになろうと出てきたのに天にぃがそばにいなかったらわからないよ」

手を机から離し体勢を正す。見上げる陸の瞳は真っ直ぐでボクは今どんなふうに陸を見ているのか知りたくなる。

「……同じものは見れないよ」
「今は無理だよね。やっぱり天にぃは凄いから」

そういうことではないとは言わない。背を向け席につく。

「オムライス、冷めちゃったね」
「でも冷めても美味しいよ!」

食べるのを再開して他愛ない話をした。最近見た映画や陸が家を出てから知ったこと。
同じものを見れる日が来るのだろうか。ボクは進むのみ。待たない。来るのは陸の方だ。ボクは自分の役割を真っ当するだけ。ボクを必要としてくれた人の望みを叶えるために。

「簡単なものなら作れるようになったから今度はオレが作るよ!」
「楽しみにしてる」

それでもこのひとときはかけがえのないもので、現在の陸を見ていられることはやはり嬉しかった。


H28.6.30


このひとときはかけがえのないもの
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