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ずっとずっと一緒だった。
ずっとずっと一緒だと思っていた。
ただ泣くことしかできずに発作を起こして苦しいのが発作だからなのか捨てられたからなのかわからずに、天にぃのいない日々が始まった。


「美味しい!」

初めて入ったカフェで天にぃが持ってきてくれた飲み物を飲む。天にぃに何も言わずに見つめられ声が大きかった事に気がついた。

「……です」
「ガムシロップ入れなくても甘いよね」
「入ってないんだ?」

甘い、というほどは甘くないけど飲みやすいアイスティー。店内はやっぱり女の子が多い。オレ達くらいの男もいて浮いてはいないようだった。
天にぃとはたまにこうしてお茶をするようになった。共演もしているから仲良くしすぎなければ変には思われない。
一年前は捨てられたと思い続けあいつと呼んでいて、それでも天にぃの活躍を追っていた。画面越しに見る天にぃは変わらずにかっこいいのに見ているのは複雑で。何でそこにいるの?そこにいけばわかるの?とオレもアイドルを目指した。
それがこうしてまた一緒に過ごせる時間を得るなんて夢みたいだ。

「どうしたの?」
「え?」

ストローを口にしながら同じように飲んでいるのにかっこいいなぁと見惚れていた。

「かっこいいなって」
「そう?」

今の状況でどのあたりが?と聞くように首を傾げられてもかっこいいとしか答えなかった。


数日後雑誌のインタビュー中に恋愛の話題が出た。初恋の話が上げられていく中オレにも振られる。

「どうだろう?」

可愛いなとかは思ってもその子に告白しようとしたりずっと考えたりもない。頭がその人でいっぱいにはなるなんて……。

「どうした、陸?」

三月に聞かれて首を傾げていたことに気がつく。

「ずっとそうなのかもしれない」

自然と口に出る。浮かぶのは一人だけで、考えない日なんてない。苦しくなるしどきどきもする。

「何を言ってるんですか七瀬さん」

一織が繋ぐように別の話題に変えていく。今も初恋中なんて取られる言い方はまずかったと気づき一織を見ると仕方ないと言うように視線が合い安心した。
頭がいっぱいになったのなんて天にぃくらいだ。


「七瀬さん」
「へ!?あっ、九条さん」

一ヶ月が経ちオレ以外はみんな別々に仕事があり一人寮へ帰ろうと楽屋を出ると声を掛けられた。収録だったのか天にぃは衣装のままだった。

「少しいいですか?」
「はい」

天にぃが背を向けそのあとに着いていくと九条天と書かれた楽屋に着いた。今日は一人での仕事のようだった。
楽屋に入ると天にぃは上着を脱いだ。

「体調大丈夫?」
「うん。今日はこれで上がりだし大丈夫だよ」

季節や天候から心配してくれたみたいだった。心配してくれるのも嬉しいけれど何かオレに用事があったのではないかと期待してしまっていた。

「寮に一人?」
「うん」
「行く」
「え!?わっ!」

シャツのボタンを外していたかと思えば脱ぎ出し思わず手で目を覆った。

「何してるの?」
「み、見たらだめかなって」
「別にいいのに。昔はお互い裸だって見てたでしょ」
「そうだね」

そう言いながら背を向けて天にぃの着替えが終わるのを待つ。顔赤くなってないかなと頬を擦った。


寮まで向かいオレの部屋に案内する。飲み物とお菓子をトレーに乗せて戻ると天にぃはただ座って待っていた。

「りんごジュースだ」
「オレの買い置きがこれしかなくて。他がよかった?」
「ううん。いいよ」

安心しテーブルにコップとお菓子をいれた入れ物を置く。

「天にぃ何か用事だった?」
「どうして?」

天にぃの隣に座りりんごジュースを一口飲む。

「用事がなかったら来ちゃ駄目だった?」
「駄目じゃないよ!」

大きな声を出して天にぃが驚いたのがわかり恥ずかしくなる。用事があると期待はしたけど、何もないのに会ってくれるなんてないと思っていたから舞い上がりそうになる。でもそんな態度をしたら天にぃは帰ってしまうかもしれない。何か話題を変えようと先日見た天にぃのドラマの話をしようと口を開いた。

「この間放送されたドラマ見たよ」
「そう。どうだった?」
「ど、どきどきした」

話題にして恋愛ドラマで天にぃが女性に迫る場面を思い出してしまいしまったと思った。

「どのあたりが?」
「え?」
「参考にするからどの場面のどの台詞にどきどきした?」
「……いじわるな顔だ」

天にぃはからかう時にいじわるな顔を見せる。オレが恥ずかしいのがわかっていて言わせようとする。

「そんなことないよ。ねえ、ボクを好きじゃないの?」

顔を近づけられそんな事を言われたらどきりとする。でもそれはドラマの台詞だとわかる。

「……苦しいの」
「苦しいのなら緩めてあげようか?」

だからそのまま台詞で繋げてみた。ドラマの女性はネクタイをしていたから緩められたけどオレはネクタイをしていない。どうするんだろうなんて考えてたらトレーナーに手が掛けられ脱がせられた。

「ねえ、どこが苦しいの?」

シャツのボタンが外されていく。女性には台詞はなくドラマもネクタイが緩めただけでボタンは外していなかった。天にぃのこの台詞のあとは。

「ふっ……」

キスをした。アングルから本当にしていたのかはわからない。視聴者にはキスをしたように見えた。今天にぃはオレにキスをしている。

「天に……っ……」

軽く肩を押そうとしても逆に肩を掴まれてしまう。天にぃの瞳を見つめながら何度も唇が触れた。
唇が離れ肩から手も離れる。何でこんなことしたの?と聞きたいのに何も出てこない。

「ボクも陸が出てたバラエティ見たよ」

そんなふうに何もなかったように話し出すから平静を装いながら話をした。


天にぃが帰宅したあと部屋で一人。残ったりんごジュースを飲めばさっきのキスもりんごジュースの香りがしたななんて思い出してコップを置いた。
天にぃがいない日々が始まって自分が天にぃに守られていたのだとずっとそばにいてくれたのだと実感した。オレがいけなかったのか、天にぃの時間をオレのために使わせていたから嫌になってしまったのか嫌われてしまったのかと膝を抱えて泣きそうになりながら堪えた。泣いて発作が起きて一人で対処しきれなかったらどうなってしまうのか。オレはずっと天にぃのいる世界で生きてきたから一人でどうしたらいいのかわからなかった。
天にぃのいない生活に慣れていきながらも今どうしているだろう体調大丈夫かな酷い目にあってないかなと考えながらオレ達家族は天にぃに捨てられたのだと自分に言い聞かせた。そうしないと悲しみでいっぱいになり涙が止まらなくなってしまう。ずっとあいつなんて知らないと言い聞かせるしかなくなっていった。
そしてアイドルユニットのデビュー報道に天にぃがいた時にはどうなったか記憶はない。目が覚めてからどうしてそんなところで笑ってるの?と病院の天井に呟いた記憶はある。
今も天にぃがどうして出ていったのかはわからない。前に話されたことは真実かは判断ができない。でもオレは九条天を尊敬し好敵手として並びたいし追い抜きたいと思っている。今はそれでいいと思った。七瀬天として戻ってきてほしいし絶対に九条のところにいてはいけないとも思っている。
それはずっと兄とし慕いオレを救ってくれたから返したい気持ちがあるから。でもそれだけなんだろうか。

「わかんないや」

指で唇に触れる。天にぃとキスをするのは初めてではない。でも頬にしたりする延長というか戯れみたいなものだった。笑い合ってはしゃぐ。でもさっきのはそういうものではなかった。

「天にぃはどうしてオレにキスをしたんだろう」

聞いてみるしかないのだろうか。また触れたいななんて考えながら天にぃが飲んでいたコップを手にし少しだけ残ったりんごジュースを飲み干した。


ずっとずっと一緒だった。
ずっとずっと一緒だと思っていた。
ボクは生まれた時から陸のために生きている。双子なのは陸とずっといるためなのだと思っていた。陸が呼ぶだけで、望んでくれるだけでボクは何にでもなれる。陸がいる世界が全てだから。
陸を守るために陸のいない生活が始まった。

陸が洋服を嬉しそうに見ていくのをついていく。

「これ似合いそう」

そう呟いて手にするとボクの体に合わせてくる。

「自分のを選んでたんじゃないの?」
「外で服選んでみたかったんだ」

手にした服を元の場所に戻しまた違う服を合わせてくる。
もう話すことはないだろうと思っていた。陸が元気ならそれでいい。そこにボクはいないけれど。けれど今こうして会うようになっているのが夢のようだった。こんなふうに陸がまたボクに笑いかけるなんて。

「どうしたの?」

陸がボクに合うものとボクで頭をいっぱいにしている姿も可愛い。以前は陸は常にボクがいる世界で生きてずっと考えていたのだろう。でも今は違う。陸はボク以外を知った。その方がいいのだということはわかってる。

「陸にはこっちが似合いそう」

服を手にし陸に合わせると陸は笑った。

陸に服を合わせているうちにボクがたまに着ているようなサスペンダーがいいと言い出しそれならあげるよと家に連れてきた。何度か来ても慣れないみたいで玄関で戸惑う姿を見る。

「これなんてどう?」

部屋に連れてきてクローゼットを開いてサスペンダーと合わせる服と一緒に渡す。

「かわいい!かわいい……?」

喜んだかと思えば首を傾げられ凝視される。

「陸に似合うよ」
「天にぃはかっこいいのに……」

なぜか不満そうな顔をされるとリビングに置いたスマホが鳴るのが聞こえた。

「他にいいのあったらあげるから見てて」
「はーい」

陸を部屋に残しリビングに向かった。

10分あったかなかったくらいだと思う。自室に戻ると陸はベッドで寝ていた。

「そのまま寝たら体調悪くなるよ」

ブランケットを手にし陸の体に掛けようとする。

「……天にぃ」

渡した服を抱き締めたまま呼ばれた。膝をベッドにあげると少し軋む。ブランケットを掛けながら被さり頬にキスをして顔を離す。

「ん……」

今度は軽く唇にキスをして離し啄むように何度もする。初めてではない。眠る陸にこうしてキスをしたし、戯れのように唇を触れ合わせたこともある。再会してから唇を重ねるのは初めてだった。
この気持ちは何なのだろうと考えながら頬に唇を寄せ首筋に這わせた。陸が身動ぎしてもすぐには起きないのをわかってそのままでいる。
これは庇護欲なのだと。それだけだろうか。陸がいたからボクはいるのだと、ボクがいなくても陸はいられる。どうしてボクだけのものではないのだろう。
体を起こす。陸はずっと綺麗で、変わらない。だから穢してはいけない。
ベッドから降りてクローゼットを閉めた。

「天にぃ?オレ、寝てた……?」
「うん、寝てたよ」

起きた陸には何もなかったように接した。何もないのだから。


少ししてある雑誌のIDOLiSH7のインタビューを読んでいたら気になる陸のインタビューがあった。初恋の話題でずっとそうなのかもしれないという答え。和泉一織が初恋はまだでずっとなんでしょうとごまかせているのかごまかせていないような繋ぎ方で話題を変えていた。軽率だ。アイドルが今も特定の個人に恋愛感情があるなんて発言をしてはならない。

「そう思うのに」

ずっととはいつからなのか。ボクがいた頃からだろうか、離れたあとだろうか。聞いてどうするのだろう。アドバイスでもするのだろうか。

「……醜い」

雑誌を握り締めそうになりながら閉じテーブルの上に放った。
陸のそばにいないことを選んだのは自分なのに、そこに自分がいないことに憤りすら感じている。その場所はボクの場所だと言ってしまいそうになる。

同じスタジオでIDOLiSH7が収録だった。天候が少し気になる。一人ではないのだから大丈夫だろう。そう思っていたのに楽屋から一人で陸が出てきたのを見かけ思わず声をかけていた。
そうして一人だと言う陸と共にIDOLiSH7が共同生活をしている寮に向かった。初恋の事を聞くか迷いながら陸がボクのドラマを話をしだしてどきどきしたなんて言うからドラマの真似事をしていたらキスをしていた。服まで脱がせてしまいこのまま全て奪ってしまえばいいという考えからは目を背け何もなかったように話をした。また何もなかったように。
りんごジュースを飲んでいたからキスをした時に香りがしてそれから過るようになってしまい、自身を慰めるようになった。その度に陸を穢しているような気がして自己嫌悪に陥りながらもやめられなくなった。
次第に会うのを避けるようになり陸のラビチャには最近ボクと会えていないことが書かれていても返信はしなかった。これが普通なんだ。もうボクは九条天で陸の兄ではない。会う理由なんてない。自分で思ったことに胸が痛むけれどその場で止まりはしなかった。


陸のラビチャに返信しなくなってから少ししていつかは陸から接触してくるだろうと予想はしていた。
楽屋の扉がノックされ七瀬ですと名乗られ扉に近づいた。

「話すことはありません」

ノブを握り開かないようにする。陸がノブを回そうとしても阻む。

「……天にぃ」

陸は楽屋の外にいる。小さな声でも誰かが通れば聞かれてしまう。

「天にぃ、天にぃ」

ノブを回そうとはしていない。捨てられた犬が鳴くように中に入れてとボクを呼ぶ。

「天にぃ」

ノブをボクから回し扉を開くと陸は笑った。腕を掴み中に引き入れ、扉を閉めて背にする。

「陸、どういうつもり?」
「天にぃに会いたくて」
「誰かに聞かれたらどうするの?」

陸の顔から笑みが消え俯く。見たことのない表情をしていた。ずっと一緒にいたのにボクの知らない陸がいる事にショックを受ける。
無表情の陸が上目遣いにボクを見遣る。

「何で会ってくれなかったの?」
「……会う理由がないからだよ」
「会う理由なんて必要なの?」
「ボク達の立場ならわかるよね、陸」
「わかるよ。気を付けたよ。嫌だけど九条さんって呼んだし敬語も使った。一緒の仕事でも天にぃを不自然に見ないようにもした」

何がいけなかったのかわからない子供のようで、けれどわかっているようにも思えた。ただボクが避けていて自分は悪いことはしていない、いい子でいたのに何で?と問われているようだった。

「どうしたらいいの?どうしたら天にぃは会ってくれるの?」
「陸……」

距離はまだあいている。今なら突き放せる。でもそうしたら陸はどうなる?誰に縋ってしまうのか。誰にも縋らずに行ってしまうのか。ボクは陸のそばにはいない。どこにもいない。

「この前みたいにしてよ」
「え?」

聞き間違えかと思った。陸と会ったのはあのキスをした日が最後だ。浮かぶのはそれだけ。

「触りたいよ、触ってほしいよ」

陸が踏み出す。後ろに下がろうとしても扉を背にしていたからこれ以上は下がれない。出入り口にいるのに身動きがとれない。
陸の両手がそっと肩に触れる。顔が寄せられ無意識に体が強張るのがわかり息を止めた。

「天にぃ」

囁くような呼び声と共に唇に息がかかり唇が重ねられた。りんごジュースの香りはしない。でも陸の匂いなのかいい香りがして音を立てて唇が離れた。苦しくて浅く息をする。

「どうしてオレにキスをしたの?」

至近距離で問われる。逆にこちらが問いたい。なぜ陸がボクにキスをしたのかと。けれど口からは違う問いが漏れた。

「……陸の初恋って誰?」

陸にはわからないだろうけど陸の問いに答える形にはなる。あのインタビューを読んだのがきっかけで眠っていない陸にキスをしてしまった。

「初恋ってわからないけど、ずっと考えてるのも胸が苦しくなるのも天にぃだけだよ」

陸は簡単に答えてしまった。固まっていた体は両手が上がり陸を抱き込んでいた。

「天にぃ?」

陸は天使のようだった。人に愛される子で真っ直ぐで眩しく、照らして力をくれる。ボクは陸が呼んでくれれば、望んでくれたら何にだってなれた。ずっとずっと一緒にいた。そばにいたかった。陸のそばにいない自分がいないことが悲しくもあった。
ボクがいなくても陸は大丈夫なのにそばに来ようとする。穢れてしまう。ボクのところへ堕ちてこないで。


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