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痛い。

そう思うのにどこか分離した気持ち悪い感覚に襲われる。

「この障害が……」

吐き捨てるように告げられ、また刃が私を突き刺す。
冷たい。
痛い。
感情は確かに私の物なのに感覚が遠い。

「キサラ……ギ、しょうさ」

私の口が目の前の人物の名を口にする。
すると彼は更に私に刃を突き立てた。
表情はわからない。
声ももう聞こえない。

怖い。
怖い、怖い、怖い。
そんな目で私を見ないで。憎しみを、怒りを、恐れを私に向けないで。
恐怖が蓄積していく。
私に。彼に。

やがてぼやけていた視界も暗転した。
最後に見たのは真っ赤な光。あれは私の血だったんだろうか。


「……尉、ヴァーミリオン少尉」
「っ……!」

暗転した直後に聞こえた声に驚いて私は目を覚ますと起き上がった反動でそのまま座っていた椅子ごと後ろに倒れてしまった。
身体を全体的に打ち付けて痛む。その痛みに私は夢から覚めたのだと安心した。

「何をしている」
「え?あ、書類整理を……」

キサラギ少佐がいる事に気付いて答える。でも夢のせいなのか少佐の顔は見れずに身体を起き上がらせる事もできなかった。

「寝ていただろう」
「……すみません」

見えなくても呆れて怒っているような表情をしてるのだろうと思う。
何も言えずに少佐が行ってしまうまで待つ事しかできない。まだ夢の中での恐怖が残っているようで、私は両手で自身を包むように抱きしめた。

「何をしている」

少しだけ移動して私を見下げる少佐と目があった。

「早く起き上がれ」
「は、はい」

言われるがままに起き上がろうとするとうまく起き上がれずに横に倒れてしまった。

「……うぅ」

居眠りをしてしまったから悪い夢は見るし、椅子ごと倒れるし、うまく起き上がれないんだろうか。
床に這いつくばるような体勢になってしまって余計落ち込んでしまう。

「さっきから何がしたいんだ」
「起き上がりたいんです……えっ」

泣きそうな気持ちになっていると気付くと宙に浮いていた。

「しょ、しょうさっ!?」
「いいから早く足を床につけろ」

両脇に手を差し込まれ身体を起き上がらせられた。
慌てて足を床に伸ばすとすぐに床に足がついた。
それを確認したのか少佐の手は離れていった。
あまり考えられない状況に驚きと困惑と違う何かが混じりあう。
高鳴る心臓を抑えるように片手を胸にあてた。

「起き上がれないくらいで泣くな」
「なっ、泣いてません!」

もしかしたら泣いてるのかと両手で頬に触れてみるけど泣いたあとはなかった。
確かに泣きそうではあったけど。

「確認するという事は泣きそうだったという事だろう」
「う……」

図星をつかれて何も言えない。

「お前は僕の秘書官なんだ。醜態を晒すな」
「すみません……」

少佐は背を向けて自分の机へと向かっていった。
私も席に戻ろうと倒れた椅子を直す。
ふと先程の少佐の言葉が気にかかった。

「少佐!」
「そんな大きな声でなくても聞こえる」

すでに席についている少佐。こちらに目は向けないけど聞いてはいてくれる。
だから私は言葉を続けた。

「キサラギ少佐の秘書官として頑張ります!」

しばしの沈黙のあと当たり前だと返ってきて私は返事をすると直した椅子に座った。

先程の恐怖は消えたわけでも忘れたわけでもない。
でも違うものも蓄積されていく。



H22.8.15

蓄積されていく
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