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先程隅に放った荷物の受取サインをした伝票。
宛名に記されているにも関わらずいまだに来ない部下。
発送元はよくわからないが通信販売のようだった。
雑務に関しては役に立つとはいえないが僕がやるほどでもない書類の整理や他の部所への使いぐらいにはなる。多少なりともやることはあるというのに来る気配がない。
「……屑が」
吐き捨てるように呟き、伝票から書類へ視線を戻した。
あと数日でまた年号が変わる。無為に過ぎていく。
「何だ?」
扉に外側から衝撃音があり顔を上げる。ノックにしては大きすぎる。それに声を掛けないで入ろうとするなどここではありえないだろう。
「誰だ」
無駄な問い掛けと知りつつも席を立ち扉に近づきつつ問い掛ける。
扉の前まで来たが応答はなし。かと思えばまた外側から衝撃が伝わった。
しかし近づいて外側から声が漏れ聞こえ誰がいるか察した。
「一体何をしている、ヴァーミリオン少……」
勢いよく扉を開け、漏れ聞こえた声の主に向かって言うが途中で途切れた。
「何だ、これは……」
「キサラギ少佐!?すみません!何とか自分で開けようとしたんですけど台車にうまくストッパーがかけられなくて」
目の前には僕の背丈ほどの木があった。驚くサイズではないが前触れなく目の前にあったら思わず凝視してしまう。
木を挟んだ向かいから少尉の声が聞こえてきた。木よりも小さいせいか姿は横からかろうじて制服が見える程度だった。
「……何をしている」
「ツリーです」
これは何だとは聞いていない。お前は遅刻して何をしているのかと聞いたのに検討違いの答えが返ってきた。
呆れてこれ以上扉の前でこんな会話をしていても恥晒しだと机に戻る事にした。
「少佐?」
呼び掛けられても返答せずに机まで戻ると先程の伝票が目に入った。
品物の欄に“ツリーの飾り”と記載されていて受取拒否をすればよかったと後悔する。
台車を引く音がして視線を向けるとよろよろしながら部屋内に入ってきていた。どこから引いてきたかは知らないがよくここまで来れたものだ。
「誰の許可を得てこんな物をここに入れた」
「キサラギ少佐です」
危うく間抜けな声を出すところだったが表情には出ていたのだろう。ヴァーミリオン少尉は微かに怯えのような表情を見せるが台車の取っ手を掴んだまま僕に見つめた。
「先日キサラギ少佐に24日にツリーを搬入していいか確認しましたところ了承をいただきました。その際の確認の紙が……あれ?」
威勢よく言ったかと思えば取っ手から片手を外し上着をまさぐり出す。紙を探しているらしいがなかったらしく俯いて考えこんでいる。
記憶を辿らずとも僕のほうにそんなやりとりが記憶されているわけがない。だが珍しく自信ありげに言っているのを見ると事実なんだろう。
「いい、どうせなくしているだろう」
「す、すみません……」
台車に近づいていきストッパーをかけると少尉はまた謝った。
「謝るぐらいならやるな」
「すみま……」
謝りかけて口を噤ぐ。
苛々させる。謝ることも、出来もしないのにやろうとすることも。
「少佐?」
「早く片側を持て降ろさない事にはお前は仕事をしないだろう」
「は、はい!」
ツリーの片側を持ち上げ、少尉がもう片側を持ち床に降ろす。
何の変哲もない木だ。飾りをつければ見られるものになるかもしれないが今は何もついていない。それなのにヴァーミリオン少尉は嬉しそうにそれを見上げた。
「何故こんなことをする」
「え?」
僕に問い掛けられたのが予想外だったのか少尉は驚いた表情をした。
僕自身も口に出るとは思わなかった。答えなど知ってもどうもならないというのに。
「何故、と言われると今日がクリスマスイヴだからですとしか答えられないんですが……」
僕から顔を逸らし段々と俯かせたかと思うと再び木を見上げた。
「何かしたかったんです」
答えなどあってないようなもの。あやふやなのにも関わらず苛つきはしなかった。
木から離れ机に戻り椅子に座る。
するとヴァーミリオン少尉は床に置かれている段ボールに気付き駆け寄ると箱を開けだした。
「飾りにしては随分大きな箱だな」
伝票を手にしながら呟くと少尉は箱を開けつつ明るい声で言う。
「通販のサイトを見ていたらどれも可愛くてたくさん注文した、ら……」
箱は開けたらしいのに声は小さくなっていく。
木だけであれだけ喜んでいたのなら飾りでも喜んではないかと思えば違ったようだった。
「……少佐、この部屋内にも飾りつけていいですか」
「ふざけるな」
大方頼みすぎてツリーには飾りきれないと悟ったのだろう。
ツリーは大目に見たが部屋内など許可するわけがない。
まだ何も飾りつけられていない木を見る。無理矢理持って返させる事もできたがそうはしなかった。
理由なんてない。あってないようなものだろう。
H22.12.24
あってないようなもの
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