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上司の執務室に走って向かっていた。
この時間からぎりぎり間に合うはずと持ち帰っていた報告書をしっかりと抱く。

「だ、だいじょうぶ、かな……多分」

扉の前まで来て息を整える。走ってきたとわかったらまた何か言われてしまいそうだ。

「あれ?何だろう、この箱」

ふと扉の横に置かれている箱に目が入った。
四角い茶色い箱。前面上部に細長い穴が開けられている。

「いけない、早く入らないと」

確認してる時間はないと開閉ボタンを押す。でも開かなかった。

「おかしいな。少佐がいる時は開くはずなのに」

まさかいない?
少佐にかぎって私のように寝坊なんてありえない。外出の連絡は受けてないと思う。

「番号なんて入れないからなぁ……」

入室の際に必要な番号は知らされていたけど着任してから使ったのは数回。最近は入力してなかったし……。

「何回か間違えると人来ちゃうよね……?」

わかりきった答えを口にしてみる。
唸りながら記憶の片隅にあるはずの番号を捻り出す。

「よしっ」

何とか入力を終えて時計を確認すると数十分経過していた。
これで少佐がいたら確実に怒られる、というよりは呆れられる、ならまだしも蔑みの目で見られる。

「いませんよね……?」

開いて見えた部屋は電気がついておらず暗かった。
いない事を確信して安心する。
とりあえず報告書を置いておこうと机に近づく。

「えっ」

数歩、中に踏み入ったら扉が閉まってしまった。
扉なんだから当たり前なのに明かりをつけずに入ってしまい暗闇に混乱しそうになる。

「だ、大丈夫。電気をつければ……まぶしっ」

落ち着こうと自身に言い聞かせながらスイッチを探そうとすると目の前が真っ白になった。
明かりがついたのかと思ったけどすぐに白さが抜けてチカチカする目を薄く開けると一筋の光が私にあたっていた。

「遅刻だ」
「少佐!?わっ!」

机の奥に佇んでいたのは確かに少佐だった。
少佐の持つペンライトから光があてられ、私が声をあげると遮るようにまた顔にあてられた。

「静かにしろ、馬鹿が」
「バカなんて酷いです……。そもそも暗い中にいるほうがおかしいですよ」
「お前のその発言は昨日の連絡を聞いていなかった事を露呈している。だから馬鹿だ。いや、屑か」

馬鹿だ屑だと言われるのに慣れる事はない。けどどうやら私は連絡事項を聞いてなかったらしい。だから余計何も言えなかった。

「今日は夕方に来いと言っておいたはずだ」
「すみません」

しっかりいつも通りに出てきてしまいそれならまだ寝れていたはずなのにと昨日の自分にしっかり聞いておいてほしかったと思う。

「でも何故少佐はいらっしゃるんですか?」
「仕事に決まってるだろう」
「なら私も来るべきなんですよね?」
「自宅で書類作成をしてこいと言ったのも忘れてるのか」
「いえ、それはしっかり覚えてました!」

そう言いながら胸に抱いていた書類を前に掲げる。

「お前、それを一晩でやってきたのか」
「はい!まぶしっ」

しっかりやってきた事をアピールするように返答するとまた顔に光をあてられた。

「何のためにこんな居留守を使ってるのか考えろ」
「居留守?」

そういえば扉は閉まっていて部屋は暗い。でも少佐はいる。

「何でですか?」

しばし少佐にじっと見られてつい見返してしまう。すると少佐が目を逸らし息を吐いて屈んでしまった。

「しょ……」

いけないと書類で口を塞ぐ。また大きな声を出したら怒られてしまう。
段々と目が暗闇に慣れてきたのか書類の文字が見えた。そしてふと書類作成日が目に入った。

「あっ」
「ヴァーミリオン少尉?」

低く響く声にまた書類で口を塞いだ。
そのまま机に近づいていき奥に座りこみ書類を作成している少佐を覗き見た。

「誕生日、なんですよね」

小さく言うと少佐がちらりとこちらを見たけど興味がなさそうに書類に目を戻した。
2月14日はキサラギ少佐の誕生日。士官学校時代もその日になるとたくさんの女生徒が少佐にプレゼントを渡していたのを思い出した。
扉の前にあったのはプレゼント入れだったんだ。自宅にいても訪ねてこられると困るから執務室で居留守なんかしてるんだ。

「何を笑っている」
「え?いえ……」

少佐が居留守までしてると思うと何だか面白かった。確かにプレゼントは嬉しいけどあまりにたくさん来たり詰め寄られたら困るよね。

「書類を出したら帰っていい」

相変わらず書類に目を向けながら言われる。

「いえ、お手伝いします」

私はその言葉通りにはせず少佐の前に回りこんで屈んだ。

「報告書に不備があるかもしれませんから」

書類を差し出すと少佐は私を少し驚いたように凝視して受け取った。

「一晩で作成したんじゃ不備がないほうがおかしいからな」

酷い言われようだけど刺々しさはなかった。
そして少佐に渡された書類をまとめながら何かプレゼントできないかと考えた。
今ならもしかしたら受け取ってくれるかもしれないし、何よりあげたいから。



H23.3.9

今ならもしかしたら受け取ってくれるかもしれない
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