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「少佐、落とし物です」
通路を歩いていると男に声をかけられ何かを差し出された。
「僕の物ではないが?」
「あ、すみません。ヴァーミリオン少尉の物のようなので少尉に渡してもらえますか?」
「……わかった」
捨てろと言うかその場で投げ捨ててやりたくなったが仕方なく受け取り執務室へ向かった。
「しかし何故雑誌の持ち主がわかったんだ?」
机の上に放りなげ椅子に座る。
ヴァーミリオン少尉の物と渡されたのは僕には無縁の女性向け雑誌のようだった。
少尉以外にも女などたくさんいる。まさか名前など書いてあるわけもあるまいと試しに裏返してみる。
「馬鹿か。いや、この場合は利口なのか?」
裏表紙に配属先と氏名が黒い字ではっきりと書かれていた。
たかが雑誌、なくしても困りはしないだろう。
「まさか何度もなくしてるとかではないだろう」
ありえるかもしれない。
「折り目があるな」
裏表紙にするため手にとってからあるページに折り目がある事に気がついた。
そのまま開いてみる。
「仲良くなるための秘技?」
見出しをつい口にしてしまう。理解できない。
そのページには長細い菓子が載っていて二人組でそれを端から食べているような写真があった。更に理解できない。
「入れ」
ノック音がして雑誌を閉じて机の端に置く。
「失礼します、少佐」
雑誌の持ち主であるヴァーミリオン少尉が部屋に入ってきた。書類を胸に抱えてこちらに歩いてくる。
それまではいつもの光景だったが机の前まで来て机の端の雑誌に気づいたのか凝視して驚いた表情を見せた。
「しょ、少佐!」
「何だ、うるさい」
「雑誌がっ、雑誌があります」
指をささなくてもわかる。呆れながら雑誌を手にしわざとらしく笑んでやる。
「少尉の落とし物だと僕に渡された。落とすな、落とす前提で名前を書くな」
「すみません……」
俯きながら雑誌を手にしてこちらをちらりと見てくる。
「何だ」
「あの、中見ましたか?」
「見られてまずい雑誌なのか」
「いえ!そんなことはゼンゼンないですよ!?」
見られると困るといっている態度にまた呆れる。
「見てないならいいんです、はい。それで、少佐小腹がすいていたりしませんか?」
「随分と唐突だな。細長い菓子ならいらない」
「み、見てるじゃないですか!」
少尉から雑誌を奪うと先程の折り目がついているページを開く。
少尉が片手でページを隠そうとして掴んで阻止する。
「やる相手などいないだろう」
「います……ツバキとかマコトとか」
小声で目を逸らしつつ言う姿はどう見てもその二人とやろうとしてたようには見えない。
「僕とやるつもりだったのか」
「ち、ちがっ……あっ」
ばさばさと音を立てて書類が落ちた。
掴んだ手を離して拾うよう促した。少尉は屈んで見えなくなり、すぐに立ち上がり書類を拾って机に置く。
「やらせてもらえるんですか」
「何を?」
「その……これで、それを」
後ろに隠していた片手を差し出すと箱が目の前につき出された。
もう片方の手で雑誌のページを指差す。
理解できない。だが気まぐれで面白いとも思った。
「横に来い」
横に来た少尉に身体を向ける。
「菓子をくわえろ」
少尉が菓子の箱を開けていく。慌てているのか違う何かがあるのかうまく開かずにこちらを苛立たせる。焦らしとしてはうまいが。
「これでいいですか?」
菓子をくわえながら聞いてくる。聞き取りづらいが言っている事はわかる。
「ここに膝を乗せて菓子を差し出せ」
「へっ!?」
足の間に膝を置けというと驚くが菓子は落とさない。
体勢を想像して必然と密着するとわかったのだろう。さすがに躊躇い首を横に振る。
「できませんっ」
「できないならなしだ」
「そんな……」
俯くがすぐに顔を上げる。そして一歩近づくと片膝を足の間に置く。
自然と両手が肩に乗せられ、逃げないように片手を腰に添えた。
「ひゃ……」
「早くしろ」
ゆったりとした動きで顔が近づけられ、菓子の先端が口に差し出されくわえる。
一口折ると距離が縮まり、また折ると更に近くなる。
「少尉は食べないのか?」
少尉は一口も折れていなかった。ただくわえているだけ。
こんな至近距離でできるわけがない事がわかっていて聞いてやる。できない事をやりたがるなど理解できない。その相手が僕というのもだ。
段々と縮まる距離に耐えられなくなったように少尉は目を思いっきり閉じていた。顔も赤いようだった。
肩を掴む手にも力が入っていて逃げるつもりがないのがわかっていても、腰を僅かに引き寄せた。
「しょう、さ……」
「最後の一口だ」
目を閉じる事なく見つめ続けてあと一口で距離がなくなるところまできて止めた。
薄く開かれた瞳と一瞬目が合うがまた閉じてしまう。本当に焦らすのはうまい。
「食べないとこのままだ、どうする」
至近距離というのもあって呟くように言う。微かに息がかかる。
わざと食べない。この瞬間を楽しく感じる自分がいた。
逃げない。だがすぐには来れない。焦らされているようで苛立つのに楽しいのは少尉の反応を見てるからなのかこの一口がなくなったあとを考えてるからなのか。きっと両方だ。
「……んっ」
一口が少尉の口に飲み込まれて唇が触れた。
触れた瞬間に逃げようとするのを空いていた片手で頭を押さえた。
「少佐……待って下さい」
何とか唇を離して言うが聞かずに塞いだ。
楽しみはこれからなのだから。
H23.11.12
楽しみはこれから
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