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「チッ、はずれか」

カグツチの最上階に戻ってくると少し前を歩いていたテルミが舌打ちをした。

「偽りの英雄」

私達に気付き振り返る人影を認識して呟く。

「始末しろ」

テルミが低く呟き後ろに引くのを合図に戦闘モードへと移行した。

「貴様は“ノエル・ヴァーミリオン”か?」

偽りの英雄ジン・キサラギは問いかけてくる。
私であったもの。私だと思っていたもの。
私はなんだったのだろう。


包装してもらった箱を抱えて執務室へ向かう。
この間キサラギ少佐のカップを落として割ってしまった。
そのあとすぐに店に買いに行った。普段は通販で頼む事が多いけどそれでは数日かかってしまう。
それに重さとかやっぱり実物を見た方がいい。

「気に入ってもらえるかな……」

お父さん以外の男の人にプレゼントするなんて初めてでどきどきする。
相手はあのキサラギ少佐。怖いし苦手ではあるけど少しは慣れてきた、かもしれない。
悪い人じゃない。ただ私に対しての態度が何だか怖い。でも最近は変わってきた気がしてきていた。

「それで中身も入れずに持ってきたのか」
「え?あ……」

執務室に入り今日の執務内容を確認してから箱を渡した。
そして用意するべきなのは割った代わりの物であってプレゼントではないと気がついた。
だから包装した箱は不必要で、中身を容れていつも通り出さないといけなかった。
机に乗せた箱を下げようと手を伸ばすと箱は遠ざけられた。

「まあ、いい」
「あの、お茶容れてきます」

だから箱を渡してほしいとは言えずにいると少佐は箱と私を交互に見る。

「まるでプレゼントだな」
「……すみません」

店で選んでいる時は何の違和感も持たずにプレゼント選びをしていた。
ふと、もしかして割ったカップと似た物でなくてはいけなかったんではないかという考えがよぎる。

「少佐!すみません、間違えました!だから」

開けられてはいけないと少佐から箱を取り戻そうとしても椅子を横に向け交わされてしまう。

「どう間違えたのか言ってみろ」
「それは……」

うまい言い訳が考えられない。間違えたというのは嘘だとばれているだろう。
そうしているうちに箱の包装を開いていく。
その様子をただ見ているしかできなくてやがて少佐はカップを手にした。

「確か割ったやつは白くて無地だったな」
「すみません……」

少佐が手にしているカップは水色で所々に雪の結晶が描かれているマグカップだった。
一目見て少佐が浮かんで決めて買った。

「今度は割るな」
「あ……はい!」

感想は特になかったけどお茶をいれてこいと促すように私の前に置かれて、落とさないように両手でしっかりと持った。
カップは壊れなかった。壊れないように。壊せば終わると言った少佐に終わらないと言いたくて大切にした。
私の物ではないけれど、私の日常の一つだった。


「ざまぁねぇな!」

テルミが目の前で横たわるジン・キサラギを嘲笑い、足で俯せの身体を仰向けに転がした。
まだ生きている。
とどめをさすことはできたけどぎりぎりでやめてしまった。いっそとどめをさしたほうが楽になるだろう。

「殺せ」

テルミが振り返り私に命令する。
テルミが引くと私は横たわる身体に近づいて見下ろした。

「人形、が……」
「人形に壊される英雄」
「ハッ……貴様などに壊せるはずがない」

話す気力などないはずなのに荒い呼吸をしながらも言葉を口にする。

「私は全てを破壊するもの」

憎しみが私を支配して、流れ込んだものが数年の私を否定して悲しみは憎しみに同調した。
破壊すれば今までのこの流れ込んだ憎しみもこれから生まれる憎しみも悲しみもなくなる。
だから私はツルギを降り下ろそうとした。

「貴様は……誰だ」

降り下ろしたはずのツルギはジン・キサラギには落ちずに宙にあった。後ろからテルミの声がする。

「私は……」

ジン・キサラギがただ私を見る。

「……私はノエル・ヴァーミリオンで在りたかった」

ジン・キサラギが微かに笑んだ気がした。
私には向けられた事がない表情。
日常は終わったのにまるでその続きかのようだった。
破壊できないあの日常。
私の記憶があるかぎり残り続ける。



H24.1.29

壊せない日常
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