novel top

よもや僕があいつを探す事になるとは。

軍に入ってしばらくしてからあの女も入隊してきた。僕の直属として。
士官学校で出会ってからあいつにそっくりなあの女だけにはどうしても嫌悪感をあからさまにしてしまう。
仕方がない。憎いのだから。
だが最近はどこかおかしい。
士官学校時代には絶対に話し掛けてなどこなかったのに執拗に話し掛けてくる。
何か任務に関する用事があればまだいいがただの雑談だ。
そんなものあの女以外とだってしたくもない。

「ここか」

探しまわって、通りすがりに聞けばあいつはここに篭っているらしい。
扉には調理室と記されていた。

「ヴァーミリオン少尉、先日の任務の報告書が」

開け切らないうちから言いはじめたが中の様子に言葉が切れた。

「何をしているんだ」
「その声はキサラギ少佐!?あの、料理の最中でして」
「こんな白い煙の中で何が作れるのか教えてほしいところだ」

調理室は白い煙に覆い隠されていた。かろうじてあいつの姿がうっすらと見える。

「ケーキを作っていたんですがオーブンが壊れていたみたいで」

先日しつこいので仕方なく食べたクッキーを思い出した。
見た目もクッキーとは思えなかったが味もクッキーではなかった。あのあと辛さで一日口が変になったのを思い出す。

「何を作ってるのかなど知りたくない。いいから報告書を早く出せ」
「報告書ですか?少佐の机の上に置いておいたんですけど」
「出したなら一言言えといつも言ってるだろう」
「す、すみません」

あまりに煙くて軽く咳こんでしまう。
机に報告書などあったか思い返してみるがそれらしいものはなかった。記憶にあるのは開けた記憶のない窓が開いていた事ぐらいか。

「ヴァーミリオン少尉。まさかとは思うが窓を開けて行ったんではないだろうな」
「はい!換気した方がいいかと思って開けておきました」
「わかった。用事はそれだけだ」

これ以上ここにいても煙の被害に合うだけだと部屋を出ようとした。

「少佐!ケーキは何味がお好きですか?」
「……は?」

よもや空耳であってほしいが聞き返してしまった。
煙はだいぶ晴れ、ヴァーミリオン少尉の姿がはっきりと見えてくる。

「味です。ケーキの」
「あいにく甘いものはあまり好きではない」
「では甘さ控えめなのを作りますね」
「……誰かにやるのか?」
「え!?い、いえ!少佐の誕生日にびっくりさせようと今から練習してるなんて事ないですよ!?」

全部言っている。
本当に軍人に向いていない奴だと思うのは何回目だろうか。
姿の見えたヴァーミリオン少尉を見ると料理でそこまで汚れるものなのかと思うほど顔も服も汚れていた。
誰かこいつに料理の才能がない事を教える奴はいなかったのか。
それに味見をすればわかるはずだ。それとも味オンチか?

「まだ失敗ばかりですけど頑張りますから」
「貰ってもらえるぐらいにはなれ」
自覚していても頑張るという事なのか。
「少佐?」
「部屋を出る時にでも拭け。みっともない」
「すみません」

再び近づくとハンカチを差し出した。それを謝りながら受け取る。

「それと窓を開ける時は書類の上に何か置け。言っても無駄だとは思うがな」

開けるなと言っても開けるだろう。だからせめて書類が飛ばないようにさせるよう言う。
無駄だとわかって何を言っているのか。

「はい!気をつけます」

返事を聞いて部屋を出ようとすると大きな声で呼び止められた。

「キサラギ少佐!ありがとうございます!」
「……あぁ」

振り返ると少尉は深く頭を下げていた。
ハンカチに対しての礼なのか助言に対する礼なのか。
特に聞こうともせずに僕は部屋を出た。

おかしいのは僕の方なのか。
何もかもが退屈なガラスの中から見る世界のはずが、ガラス越しではない時がある。
あの女がおかしいからだ。

今はそう思う事でおかしな考えを打ち消した。



H21.7.20

ガラス越しではない時
prevUnext