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「少佐、資料はこちらに置いておきますね」
「あぁ」

目の前の机にはもう既に紙束が重ねられていたがそれにまた紙束が連なった。
任務がない時は雑務をこなす事が多く、部下であるヴァーミリオン少尉と一緒である事も多かった。

「少佐!お茶いれてきましょうか?」
「あぁ、頼む」

明るい表情で返事をすると足早に部屋を出て行った。
最初は失敗も多く、煩わしく感じたが確実に失敗の数は減っている気がした。
似ているのは外見だけ。
思い出したくもない奴を思い出させるのは相変わらずだが、それも次第に薄れつつある。
ただそれ以上に士官学校の時から違和感がある。
出会った時に一瞬かぶって見えた今のヴァーミリオン少尉。それ以降もたまにそういった違和感があった。

「しょ、少佐。お待たせしました」

出て行った時とは違い控えめな声音でヴァーミリオン少尉が入ってきた。
トレーにはカップとポットが乗っている。

「では一休みするか」

書類の束を脇に追いやり、カップのスペースを取る。
しかし一向に少尉が動く気配がなかった。

「おい、持ってきた茶が冷めるだろう。早くしろ」
「は、はいっ!すみません!」

慌てて駆け寄ってくるがどうにも危なっかしい。
以前にも数回カップやらポットを割られている。

「座れ」
「え?」

立ち上がると少尉からトレーを奪い、無理矢理座っていた椅子に座らせる。
安定性のある資料の上にトレーを置いて、カップを二つ机に置いた。

「少佐!少佐が座って下さい!」
「僕はずっと座っていたから休憩がてらに立っただけだ。それとカップとポットを割られても困る」

休憩時間を掃除をする時間にするつもりはない。
カップにポットの中身を注いで、自分の分のカップを持ち上げた。

「……ぬるいな」

そう呟いてもいつもなら返ってくる謝罪がなかった。
横目に少尉を見ると、どこかぼぉーっとしてカップを見つめている。顔色も平常時よりも赤みが濃い気がした。

「少尉、体調が悪いなら今日はいい」
「い、いえ!大丈夫です!」

先程まではいつも通りだったはずが戻ってきたらこの有様だ。
体調は大丈夫でも使い物になるとも思えない。

「戻ってくるまでに何かあったのか?」
「えっ!?」

あからさまな反応。
これで何もなかったと言っても信じられるはずもない。
余計顔の赤みが濃くなったようにも思える。

「はぁ……大方、二人きりでの雑務が多いから変な事を言われたんだろう」
「どうしてわかるんですか!?あ、いえ、その……」

年齢の近い男女が長時間部屋に篭るといやがおうでも変な噂がたつ。
それは僕や少尉にかぎった話ではない。聞かれても事実ならば事実と言えばいい。
しかし事実でないならば適当にあしらうだけ。だから噂が一人歩きしてしまう。

「今まで耳に入っていなかった事のほうが信じられないな」
「でもそんな、少佐と私が……そ、そんな」

一体何を吹き込まれたのか少尉は両手で顔を覆って、顔を左右に振った。
その様子を見ながら半分残っているカップを机に置いた。

「僕と噂されるのはそんなに嫌か」
「そんな……!っ!?」

机に手をついて前のめりになり顔を近づけた。
顔から両手を外した少尉が面白いほどに反応してくれる。
すぐに離れてやると俯いて何やらぶつぶつ呟いていた。

「休憩もこれぐらいにしてそろそろ再開するぞ」
「はい!」

勢いよく返事をすると少尉はカップを持ち、その勢いのまま飲み干す。
机の上には手がつけられていないカップが残っていた。

「飲みかけを飲むな」
「飲み、かけ?え、えぇ!?」

一瞬何を言われたのかわからなかったのか復唱してからカップと僕を見比べた。
僕の飲みかけとわかったのか少尉が謝るがもう飲む気はなかったので別にいい事だった。

「すみません!少佐とその、間接キ……すみませんでした〜!」
「少尉!?」

カップを握りしめたまま少尉は部屋から出て行ってしまった。
何に対してそこまで反応したのかがわからない。
わからない事であんな反応をされてしまうと酷くつまらなく感じてしまう。

「っ……」

視界が揺れて一瞬モノクロの世界が広がる。
そこには今出て行ったはずのヴァーミリオン少尉が倒れていた。
視点にしている僕は酷く喜んでいるが同時に憎悪と恐怖を持ち合わせていた。

「何なんだ……」

すぐに視界は正常に戻る。
酷く嫌な気分だ。
それは今の僕の状況や気持ちに対してなのか、わからない視界に対してなのか。

もはや冷めきってしまった中身のカップを見つめ、一気に飲み干した。
温かさなどすぐに冷めてしまうのだから、知らぬふりをしてしまえばいい。



H21.7.21

温かさなどすぐに冷めてしまうのだから
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