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緊張しながら通路を歩いていくと段々とひとけがなくなっていく。
初めて行く場所ではないのに緊張してしまう。

「はぁ……」

目的の場所の扉まで来て深呼吸。
扉横の端末のボタンを押しながら口を開く。

「キサラギ少佐、ノエル・ヴァーミリオンです。応答お願いします」

中にいるであろうキサラギ少佐に声をかけ、ボタンから指を離ししばらく待ってみる。
でも待ってみても返ってこなかった。
支給されている私室。少佐は倉庫のようにしている。その私室へ昼食を取りに行ったはずだった。

「いないのかな?」

時間になっても戻ってこないため呼びに来たはいいけどもしかしたら違う場所にいるのかもしれない。もしかしたら入れ違いで戻っていたり?それとも何か伝えられていて私が忘れてしまっている?

「どうしよう……」

立ち尽くし悩む。一度執務室に戻ったほうがいいのかもしれない。

「一応確認したほうがいいよね」

そう呟いて端末に自分のIDを打ち込んでいる。私情はどうあれ緊急事態用に入室できるようになっていた。今がその緊急事態かはわからないけど。
すぐに扉は開き中に足を踏み入れる。
扉が閉まっても暗くはなく明かりがついてることから少佐がいるかもしれないと踏み出す。

「あ……少佐!」

すぐに椅子に座っている少佐の後ろ姿が見えて呼び掛ける。
でも反応はなかった。

「キサラギ少佐?」

近づき回り込んでみると少佐は目を閉じ寝息をたてていた。
慌てて口を両手で押さえ足音ができるだけしないよう気を配る。
少佐は座ったまま腕を組み、寝ていた。
静かにしたものの起こしたほうがいいのか迷いながら目の前まで近づき立ち尽くす。

「疲れてるのかな」

声にはせずに口だけ動かして少佐の寝顔から周りに視線を移した。
いくつかのバイクが並んでいる。雑誌の記事に少佐が好きなものの欄にビンテージバイクが書かれていた。乗るわけでもなく見るのが好きだとか。
前に来た時はじっくり見れなかったけど、じっくり見てみても私にはよくわからなかった。

「でも好きなんだよね」

休憩中に時間を忘れて眠ってしまうほど少佐にとっては好きなものでこの部屋は大切な空間、安心できる部屋に違いない。
私も自分の部屋がそうだから少佐にもそういう場所があることに嬉しくなった。

「ん……」
「へっ……」

突然胸あたりに衝撃があり変な声が出てしまった。
少佐の頭が前のめりになり私に寄りかかっていた。

「しょ、しょうさ」

驚いたものの声は最小限に留められた。
少佐は動く気配がない。そっと元の体勢に戻そうかと両腕を伸ばす。
でもその手は少佐の頭を撫でていた。

「私何してるんだろう」

疑問を口だけ動かして呟き首を傾げる。でもそうしたかったのは確かだった。さらさらと感触のいい髪を撫でる。

「何をしている、ヴァーミリオン少尉」

驚いて声を出す前に少佐に見上げられ目が合い何も言えなくなる。
じっと見つめる瞳に撫でる手が止まった。髪には触れたまま。

「その、少佐の帰りが遅いので、お迎えに」
「離れろ」
「はいっ」

やっと身体が動き少佐から一歩後ろに下がる。

「もうこんな時間か」
「お疲れなんですか?」
「どこぞの部下がミスをして二度手間にするからな」
「……すみません」
「戻るぞ」

少佐が立ち上がり背を向け扉に向かう。
その態度に何だか疑問を感じた。

「キサラギ少佐?」
「早くしろ」

呼び掛けても立ち止まらずに進んでいく。
置いていかれないようについていく。

「寝心地がいいのか悪いのかよくわからない胸だな」
「え?」

扉を開ける瞬間に独り言のような小さな声が聞こえた。
小さな声だったけど確かに聞こえた。その発言に恥ずかしくなる。

「ひ、酷いですっ」

少佐は何も答えずに通路に出ていく。そのあとを追った。
怒られるかと思ったのに怒られなかったのが疑問だったけど、恥ずかしさと嬉しさで全て飛んでしまった。



H24.6.25

恥ずかしさと嬉しさ
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