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急いで拭く物を取りに行き、執務室に向かう途中転けそうになりながらも何とか戻れた。
「……あれ?」
執務室に入り、目の前の光景に首を傾げてそんな声を出してしまうと机を拭いている少佐に睨まれた。
「拭く物ぐらいあるに決まっているだろう。確認してから出ていけ」
「すみません……」
持ってきたタオルを両手で握りしめ俯く。
つい先程お茶を持って行ったら机の前で躓き中身を机にぶちまけてしまった。
書類が水浸しになる様を見ていたら急いで拭く物を持ってこないとと半ば混乱しながら出てしまい戻ってきたら後片付けは終わったあとのようだった。
「いつまでそこで突っ立っているつもりだ」
「はいっ!……少佐?」
鋭い声に怯えながらも顔を上げると少佐が上着を脱ぎ、椅子の背もたれにかけていた。
そしてなぜかこちらに近づいてくる。
「なぜ後ずさる」
あまりにも真っ直ぐ迷いなく近づかれると気圧されてしまう。答える隙もなく少佐は目の前まで来た。
「拭け」
「は?」
つい間の抜けた声が出てしまう。少佐に手首を取られ、引き寄せられる。
少佐の胸に両手が触れて言っていた意味をやっと理解した。
「少佐にもかかってしまってたんですか!?」
「盛大にぶちまけたからな。今日が熱い茶なら貴様をどうしているか想像がつかない」
「少佐、笑ってるのが更に怖いです」
顔を寄せながら笑む少佐が普段私には笑みを向けないだけに余計怖い。
反射的に身体を引くと逃がさないように手首を掴む手に力が入った。
「……拭きます」
「拭くまでにも時間がかかるのかお前は」
言いながら手首を離されて両手で握りしめていたタオルを濡れている少佐のシャツに宛てる。
胸の部分に水が染み込んでいるだけであとは濡れていないようだった。
「止まるな」
「あ、はい」
近い距離だと今更気づいてしまい気恥ずかしくなってくる。
拭くためとはいえ胸に触れている事には代わりなく意識しないわけがなかった。
意識していると気づかれないように黙々と拭き、これ以上拭いても意味がないと思えるぐらいには拭いたつもりだ。
少佐から一歩下がり終わった事を告げようとする。
「着替えてくる。その間に茶をいれ直しておけ」
少佐が横切りドアへと向かう。
「着替えるんですか!?」
「当たり前だろう」
振り返り思わず口に出してしまうと少佐は立ち止まり振り向いた。
着替えるならなぜ私に拭かせたのだろうという疑問を見透かしたように少佐が口角を上げた。
「罰だ。これからは気をつけろ。見てて面白いものではあったがな」
そう言うと少佐は再びドアへ足を進めた。
「……頑張ります」
呆然と少佐の背を見つめながら、出ていく少佐にそれだけ呟くように告げた。
ドアが閉まりその場にへたりこむ。出ていく時の少佐はどこか楽しそうに見えた。
湿ったタオルが先程の事を思い起こさせ顔が熱くなった。
H24.8.12
ドジと罰と
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